「宮崎駿論」【拡大】
■感謝と期待のみを頼りに
これを読まずに何を読むのか。そういう本である。
著者の杉田俊介氏は批評家にしてヘルパー。かつて「ロスジェネ」や「フリーターズフリー」などで若年労働問題に関わり、現在は主夫として子育て中という異色の書き手だ。著者は、我が子のとなりで宮崎駿(はやお)作品を観(み)ながら、マンガやアニメで育った40年の我が人生を振り返り、再び何かを始めようとしている。
題名に「論」とあるが、まったく堅苦しくはない。著者は肉声で語っている。社会学的な分析を抑制し、作品をダシにした時代論も排し、作家に対する感謝と期待のみを頼りに語る、堂々の作家論だ。
なぜ宮崎アニメの男たちはつねに呪われているのか。これが本書を貫く問いである。
たとえば『紅の豚』のポルコ。宮崎氏の自画像が豚であることは有名だ。少女や子供を、文字通り「食い物」にして肥える、男であるという欲望。この「出発点としての自己嫌悪」を、今までどれだけの人たちが本気で考えただろう。美少女の造形や、稀有(けう)な垂直感覚や、秀逸な物語構造ではなく、それらを生み続けた絶望に寄り添った者は。終わりなき自己嫌悪ゆえになおさら、自分ではない誰かのために何かを作ろうとした、厳しい精神を受け継いだ者は。
著者は、宮崎作品を丁寧に読み解きながら、この絶望を救う希望を見出そうとする。