けれども、一穂を難解だからと放置しておいてはいけない。北方の遠い記憶をよびさますために綴った詩篇には、ついつい忘れがちな日本人の奥の問題が疼くのだ。黒潮の息吹・白鳥の伝説・太古の衝動が蘇るように凝集されているのだ。吉本隆明はこんなふうに指摘した。一穂の詩は「意識」だけからできていて、無意識の混入を排除するように作られている。呼吸をつめて人はどれくらい生きられるのかという問いに対して、吉田一穂は「生涯!」と答えられる詩人だと思う、と。
岩波文庫の『吉田一穂詩集』を構成解説した加藤郁乎は、かつてこんなことを言っていた。「まず北原白秋でしょう。次が西脇順三郎で、そして吉田一穂ですよ。日本の詩人はこの3人ですべてです」。
もっとも一穂は詩人の仕事だけをしたのではなかった。たくさんの童話も書いた。『海の人形』『銀河の魚』『かしの木と小鳥』などの童話集がある。『もも』という童話は、子供に「桃太郎ってほんとにいるの」と聞かれたお父さんが、種をまいて育てれば桃太郎になると言うので、楽しみに待っていると、子供が育つほうが早いので、大きくなって訝(いぶか)ると、お父さんが笑って「おまえが桃太郎なんだ」という話になっている。すばらしく優しい出来栄えだ。