さらに一穂の深さを決定的に特徴付けるのは『黒潮回帰』や『古代緑地』などのエッセイ群である。ぼくは20代にこの「最深観念の幾何学」ともいうべき内容と文体にびっくりしたのである。そして、こんな極北の表現者はもうめったに出ないだろうなと思ったものだった。
【KEY BOOK】「吉田一穂大系3冊組(仮面社/7500円、在庫なし)
1970年に、ぼくの友人が丹精をこめてつくった美しい函入り全集だ。いまや入手困難だが、ここにすべての一穂が北方を遠望していた。その後、小沢書店からも全3巻定本版が刊行された。こちらも充実している。吉田一穂を読むということは、日本人が到達できた極北の精神性にまどろむということである。たしかに難解な言葉づかいが多いけれど、一度読み始めたら、自身の「内なる地軸」のようなものが揺さぶられて、比類のない知的酩酊を悦楽することができる。加藤郁乎が言うように、こんな極上を味わえるのは、たしかに一穂か西脇順三郎くらいのものだろう。言葉はここまで緻密になるのかという驚異に触れてほしい。