「都市部へ移住する人には雇用もあるだろうが、戻る人はインフラも雇用もマイナスからの出発となる。われわれは単に故郷で余生を過ごしたくて帰るのではない。故郷を復興させたい。そして、あとに若い世代が続いてほしい」
≪遺族ら追悼「何回来ても思い出す」≫
東日本大震災から2年11カ月を迎えた2月11日、被災地では、犠牲となった家族の冥福を祈る遺族らの姿が見られた。津波で大きな被害に遭った宮城県気仙沼市では、気仙沼署や全国各地から集まったボランティアが行方不明者を捜索した。
仙台市宮城野区の照徳寺には積もった雪をかき分け、多くの遺族が訪れた。海岸から約1.3キロのこの寺も津波で被災。入り口近くには、地区で亡くなった住民の名前が刻まれた慰霊碑が立つ。
仙台市太白区の無職、壱岐文治さん(76)は、長女の和恵さん=当時(43)=を失った。墓に花を供え、「もうすぐ3年だが、あの時のぼうぜんとした気持ちは今も変わらない」とつぶやいた。
義理の娘の両親が亡くなったという宮城県名取市の無職、相沢勝憲さん(70)と妻の節子さん(67)。節子さんは「震災はできるだけ思い出したくないが、せめて墓参りだけはと思い、毎月来ている」と冥福を祈っていた。