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【タイガ-生命の森へ-】まろやかなビキン川の一滴 (3/4ページ)

2014.3.2 15:15

強い日差しをうけて溶け始めたビキン川=2013年3月13日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)

強い日差しをうけて溶け始めたビキン川=2013年3月13日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)【拡大】

  • ハバロフスク付近を流れるアムール川。広く蛇行する本流の周辺には湿地や三日月湖が広がる=2013年3月11日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)
  • ロシア製のスノーモービルで薪集めに向かうヤーシャ=2013年3月13日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)
  • 村の家庭の前に転がる、まき用の丸太。割りやすく火力の強いヤチダモが好まれるが日本ではめったに見られないサイズだ=2013年3月14日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)
  • 村の若者が共同井戸で汲んだ水をそりに乗せ、サイドカー付きのバイクで引いていった=2011年2月20日、ロシア・クラスヌィ・ヤール村(伊藤健次さん撮影)
  • ロシア・クラスヌィ・ヤール村

 ビキン川は村の下流でウスリー川に合流し、さらにアムール川に合流する。アムール川の河口からはオホーツク海を東樺太海流が南下して北海道へと向かっている。そんな水の繋(つな)がりもさることながら、かつてアムール川流域の人々は川を“道”として移動し、さらにサハリン島を経由して北海道を結ぶダイナミックな交易を行っていた。「蝦夷錦」と呼ばれた高価な絹製品もそうして“人づて”にはるばる大陸から北海道に渡り、さらに江戸の幕府へともたらされたのだ。いわば北のシルクロード-。

 車や飛行機、蒸気機関がなかった時代、移動は人力の舟と犬ぞり、そして徒歩が中心だった。だからサハリンの先住民は犬を、北海道のアイヌの人々は舟を非常に大事にした。人と富と文化を運ぶ貴重な手段だったからだろう。

 極東の都市・ハバロフスク付近を流れるアムール川を上空から眺めた。川幅は上流のビキン川よりはるかに広く、中洲や三日湖、河畔の湿地が縦横無尽に大地に文様を描いている。水源の一つであるビキン川を赤ちゃんに例えるなら、たくましい成人のような川姿だ。川はまだ凍っていたが、夕日の残照が、冬の眠りからゆっくりと目覚めてゆく川の胎動を語っていた。

ビキン川のタイガとは

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