「生かされた私たちは亡くなった方々の無念さ、ご遺族の悲しさと悔しさを、未来へ語り伝えていかねばなりません」。まさに息子の願いをつなぐ3年間だった。昨年(2013年)5月に夢に出てきた健さんの願いを題材にした絵本「ハナミズキのみち」(金の星社)を出版。高台へと続く避難路に目印となるハナミズキの木を植える活動を行っている。
正義感が強く、まっすぐな息子だった。健やかに育ってほしいとの願いを名前に込めた。弱い人を守ろうとする優しさを持っていた。結婚を考える彼女もいた。
「やっとやりたい仕事みつけたよ」と笑顔で報告してきた健さん。市の正規職員への採用を控え、臨時職員だったときに、東日本大震災が起きた。大きな揺れの直後、住民を避難誘導する息子に会った。「ご無事でなにより」と、冗談めかして敬礼しにっこりと笑いかけてきた。その後のことはよく分からない。津波にのまれたのだろう。健さんは10日後に遺体で見つかった。