避難路に沿って
息子を残し、「自分だけ高台に行ったようになってしまった」。自分を責めた。3カ月後に夢をみた。健さんが、高台に続く4本の避難路に沿って、「逃げる人が迷うことのないよう、ハナミズキの木を植えてほしい」と訴える夢だった。
《町の人たちがもう二度と津波でかなしむことがないように、ぼくは木になったり、花になってみんなをまもっていきたいんだ》
健さんの夢をもとに浅沼さんがノートに記した文章だ。それが元編集者の目にとまり、詩となり、絵本となった。
浅沼さんは夢を現実にしようと、被災者7人で「ハナミズキのみちの会」を立ち上げ、避難路の早期整備を求める活動を開始。絵本やインターネットを通じて賛同の輪が広がり、すでに5000人の署名が集まった。
「私たちのもとに生まれてきてくれたこと、ありがとう」
ハナミズキの花言葉は「私の思いを受けてください」。優しかった息子の思いは母へ、そして未来へとつながっていく。(SANKEI EXPRESS)