これは実際の大木ではなく、遊具の一種で、大きな目鼻の描かれた茶色い木のオブジェの中を出入りできるようになっていた。当時は大きいと認識していたが恐らく大人1人入れるほどの小さなものであったのだろう。私とF男とY子は夕暮れ時までそのお化け大木の辺りで遊んでいた。
帰り際、私たち3人は大木の中にいた。いや、それほど遊んでいたわけでもなく、ただ幼稚園からの帰り道にひょいとその大木の中に入り込んだだけなのかもしれないが、いずれにせよ、夕暮れ時、3人は薄暗いその中にいた。F男がY子に言った。私かF男、どちらか好きな方にキスをしろ、と。衝撃が走る。勿論(もちろん)キスという行為を求める強烈さにあり、さらにどちらか選べという選択を迫った過激さによるものだ。
彼女は断らず、そして
私はそれとなくわかっていた。F男は私がY子に興味を持っていることに触発されて自分もY子に興味があると錯覚していると。いや、幼稚園児がここまで他者の心情に明瞭な分析はできない。しかし少なくとも奴は私ほどの興味はないということは明白だった。私は彼のデリカシーの欠如を呪い、同時にY子は断るに決まっているとF男の軽薄さを嗤(わら)った。