ところが居丈高なF男の要求に折れたのか、あろうことかY子はコクンと頷(うなず)いた。有り得ないことである。少なくとも俺たちまだ園児だぜ。私の理性はこのような状況を猥褻だと断じ反発した。だがそうした葛藤を凌駕(りょうが)する、ひょっとするとキスされるかもしれないことへの興味と、私を選んでくれるのではないかという淡い期待、そして勿論浅はかなF男に奪われるかもしれないという危険と恐怖。いずれにせよ、ここまで来て「嫌だよそんなの」と言い放ち、良い子を気取って帰宅するのは無粋が過ぎる。
目を閉じてというY子の指示におとなしく従った。瞼を閉じた暗闇の中で、夕暮れの音がさやさやと揺れている。何秒たったのかわからない。少なくとも時間とは測れるものではないのだとこの時私は既に感じている。永遠のようでいて一瞬、言い尽くせぬ「時」がそこにあった。やがてY子の吐息が感じられたかと思ったか思わぬかのうちにおでこに柔らかい感触があった。さあ私の鼓動が後から脈打とうかというその刹那(せつな)、狡(ずる)くも目を開けていたF男が大声で「やー!キスしたー!」と子供特有の憎たらしい囃(はや)し声を上げた。私も、おそらくY子も赤面したに違いないのだが、実のところそこから先の記憶はなくなってしまっている。