いくつもの枯れ木が沈んだタイガの水辺に、白い花が咲いていた。カラフトグワイだ。風のない水面がきれいな水鏡となって、鬱蒼(うっそう)とした森を逆さまに映し出す。
水面に溶け込んだ森。逆さまに並ぶ花々。動物の角のような枯れ木-。わずかに揺らいだ対称的な風景をじっと眺めていると、不思議な気持ちになってくる。いま目にしている風景の陰にも目に見えぬ水面下の空間が深く広がっている。気がつかぬだけで、世界はいつも絡み合った複数の層が潜んでいる、そんな暗示がにわかに浮かんでくるのである。
それはタイガの“けもの道”でも感じることだった。広葉樹と針葉樹が混ざり合うウスリータイガは木の密度が濃く、全体に背が高い。密林に入ると巨木の群れにとり囲まれた感覚だ。その中に続くけもの道-そこを人も通るのだが-を歩いていると、巨木を支える目に見えぬ根が、足元にも密林のように張り巡らされている不思議さを思わずにはいられない。
そして人が去った同じ道をクマやイノシシが歩き、夜の闇の中、タイガの王であるアムールトラが堂々と歩いているのである。