思春期、反抗期などになったらややこしいに決まっているのに、皆口を揃えて、やっぱり子供がいると幸せ、なんてことを話すのは、子のいぬ私からすると、子供、殊に物心つく前の幼い子供はまさに親の記憶を誘発する、つまり『絵の中のぼくの村』よろしく、体験したことは勿論、体験しなかったことさえ、まるで自ら体験したような、記憶の奥底で共振するような体感が生じるのではないか。それゆえに子供を持つと、そのキラキラした純粋の好奇心を前に、自らの根源的記憶が脳内反応を起こし、もう一度子供時代の感覚を取り戻すような錯覚を味わい、陶酔する。それが愛しい自分の子であるゆえ、尚更思い入れは深まり、自らの体験以上の、この目の前の子の体験もまた自らの体験とない交ぜにするといったような、つまり子供を持つという歓びは、これまで生きていた自分自身に、新たなアングルでの疑似人生、異体験をさせることにあるのではなかろうか。