ファン、チームメート
記念のユニホームは、父とともに駆けつけてくれた母にプレゼントした。「(お世話になった球団が)ロッテでよかったやん」。母はそう言ってくれた。
105回勝って、100回負けた。成績は数字をみればわかる。でも、野球人生の中でできた人とのつながりという、見えない財産こそが、野球人生を終えたときに最も誇れるものだった。記録だけではなく、プロ野球の世界に軌跡を残せた。そう思える無形の財産が、声援をくれたファンであり、支えてくれた裏方さんであり、チームメートであり、他球団にも広がった人間関係だった。
現役時代を振り返ると、劣等感をいつも抱いていた。同級生の上原浩治(レッドソックス)のような落差の大きなスプリットがあるわけでもなければ、ライバル球団のエースだった松坂大輔(メッツ)のように高校時代から“怪物”と騒がれたわけでもない。160キロの剛速球もなければ、絶対的なウイニングショットもない。現役13年を振り返っても、防御率1点台というような圧倒的な数字を残したシーズンはなかった。