カットボールなどをコーナーに投げ分け、任された試合を何とか作っていこうと戦ってきた。とにかく丁寧に。ヒットを何本打たれても、三振が一つも奪えなくても得点をできるだけ許さず、最後までマウンドに立つ-。そんなスタイルを確立しようとやってきた。一瞬で大きな輝きは放てなくても、結果を積み重ねることで信頼感を得る。そんな心づもりだった。
自分だけの何か見つけ
セレモニーを終えた後、フェイスブックに写真をアップした。ファンから「将来は指導者として戻ってきてほしい」という趣旨の書き込みをもらった。うれしい限りだが、そんな縁があるとすればもう少し先のことになるだろう。
日本球界ではユニホームを脱ぐと、ある程度の実績を残した選手には指導者としての道が用意される。球団に残り、編成などのフロントに入る人もいる。自分の中で、そんな第二の人生を考えたこともある。だけど、所属球団がなくなってから正式に引退するまで1年以上の月日があり、その間にいろいろなことを考えた。