栃木で暮らし始めてすぐの頃、母親が脳梗塞で倒れた。病院に連れていこうとしたが、慣れない土地でどこに病院があるのか分からなかった。「もう少し対応が早かったら、症状は軽かったかもしれないんだ。今はすまねぇって気持ちでいっぱいだ」。母親には、半身麻痺の後遺症が出た。
自身もだんだんと気分が落ち込むようになった。「今はそんなふうに見えないでしょ? 俺もまさかそんな状態になるなんて思ってもみなかったもん」
仮設住宅に避難している富岡町の人たちに丁寧に挨拶をしながら働いている現在の姿からは想像もつかない苦難の3年余りだったのだ。
「そりゃあ富岡に帰りたいよ。でも無理だもん。しようがないよ」。仮設住宅での取材で、この言葉を何回聞いただろうか。
「ここの仮設で暮らしている人は、震災から時間がたつにつれてだんだん諦めてしまって、口から出る言葉と本当の気持ちにズレがある」。たばこの火を消しながら宍倉さんは言った。