「地獄に落ちた人にも情けを施す。昔の人にとってそれはビックリすることでした。地獄に落ちるほどの無理難題を抱える人も、もしかしたら何か願いをかなえてもらえるかもしれないということで、小さなお地蔵様を借りて持ち帰ったのが始まりのようです」
借り受けた仏像を返すときに自分で彫った一体をそえて奉納する。それが重なり「千躰仏」と呼ばれるほどに増えた。一時は廃れていたが、10年ほど前に新しいお堂が建てられ、再び広く親しまれるようになったという。
社会にはさまざまな事情を抱えた人が生きている。対立や憎悪、あるいは排除といった負の関係を乗り越えるインクルージョン(包摂)の考え方はすでに室町時代からあった。
黒地蔵に嵐の夜も長い列ができる。さまざまな痛みに対し、社会が少しだけ、理解を増している。その反映と見ることはできないだろうか。(文:編集委員 宮田一雄/撮影:写真報道局 渡辺照明/SANKEI EXPRESS)