南米ボリビアの都市、ラパスの様子は一変していた。主に家政婦などの職業についていた「チョリータ」と呼ばれる先住民女性の社会進出が進み、テレビ番組の司会者や公共交通機関の運転手、観光地の受付係など行く先々で彼女たちの姿を見かけるようになったのだ。
中心街を行き交うワゴン車のミニバスから行き先を告げる少年たちの声はもう聞こえない。木箱を持った靴磨きの少年も姿を消し、児童労働は減少していた。目抜き通りにはチョリータたちの広告や看板が増え、先住民をモチーフとした壁画が大きく描かれている。明らかに、先住民の社会的地位が向上したことを示していた。
このめまぐるしい変化は、2005年に先住民出身者として初めてボリビアの大統領に当選した、エボ・モラレス大統領の就任から始まる。
そもそも日本におけるボリビアの知名度は低い。最近では、雨期になると表面に数センチから50センチの水が溜まり太陽の光に反響して鏡のような美しい姿を見せる「ウユニ塩湖」が有名になったが、15年以上前の1997年、私のボリビア留学が決まったときは、名前が似たヨーロッパの「セルビア」と友人に勘違いされるくらい知る人は少なかった。