高松次郎(1936~98年)の回顧展「高松次郎ミステリーズ」__「No273(影)」1969年(東京近代美術館蔵)。(C)The_Estate_of_Jiro_Takamatsu,Cortesy_of_Yumiko_Chiba_Associates【拡大】
言葉や機能も標的に
高松が標的にしたのは、遠近法だけではなかった。言葉による認識の不確かさもその一つ。例えば「木の単体」。細かく砕かれた木片は、「木」と呼べるものだろうか。私たちが考える土台にしている事物の「概念(言語)」が、存在の全体ではなく、一部分しかカバーしていないことが分かる。
さらに、「複合体(椅子とレンガ)」では、傾いた椅子が「座れる」という機能をなくし、その下のレンガも本来の用途に使われず、どちらも名付けようのないモノに変化する。いかに言葉とモノの関係は危ういものかを暴いてみせた。
ここまでの作品をみると、作品の裏側に込められたコンセプト(考え方)は分かっても、味わいがあり、鑑賞に十分堪えうる作品とは言い難い。しかし、高松は1970年代から、色彩を伴う絵画らしきものを描き始めた。
「平面上の空間 No.850」は、右側に曲がった太いブルーの帯がよぎり、左側は、定規やコンパスで描いた直線や円の一部とみられる線で構成されている。
この制作時期の解説を担当する保坂健二朗主任研究員は、線が途中で消えていることに着目する。「もしZ軸も持つ3次元が想定されているのだとしたら、いわゆる断面図と考えることができる。いま直線と見えているものが、実際には、こちら側か奥側に進んでいるために、Z=nの箇所で切った場合、一部見えなくなっている」と分析する。