高松次郎(1936~98年)の回顧展「高松次郎ミステリーズ」__「No273(影)」1969年(東京近代美術館蔵)。(C)The_Estate_of_Jiro_Takamatsu,Cortesy_of_Yumiko_Chiba_Associates【拡大】
同時期に高松は「しわ」を題材にした作品も制作。しわの寄った紙に描かれた直線は、拡大してみれば、でこぼこの3次元空間に途切れながら塗られた塗料だということが分かる。遠近法と取り組み、いつも1~3次元まで行き来してきた高松の姿勢は変わっていない。
「形No.1202」のような形シリーズでは直線が失われ、フリーハンドの曲線が用いられて色彩や表面の質感が強調されている。保坂主任研究員は高松がモンドリアンを意識していたことに触れ「それまでの絵画とは違う、新たな表現を目指していたといえるだろう」と話す。
見る人に感動があればいい
今月6日に美術館内で開いた美術評論家の高島直之氏(武蔵野美術大教授)との対談(講演会)で、高松の私塾1期生だった美術家の堀浩哉氏(多摩美術大教授)は、こう振り返った。
「高松も出発は絵描き。時代の制約のなかで、絵を捨てざるを得なかったが、本当は絵を描きたかった。しかし絵画に戻るには、手立てが必要だった」
高松が世に出た1960年代は「絵画の死」が語られ、学園紛争の嵐が吹き荒れ、既存の価値観が否定された。絵を描くには新しい方法論が必要だった。