尋常でない集中力
史男の日記や手記を掲載した「終着駅は宇宙ステーション」(2008年、幻戯書房)の中で68~69年ごろ、たびたび登場するのが、芸術を趣味として楽しむという意味の「ディレッタンチスム」という言葉。「ディレッタンチスムとは青春時代特有の詩情である。(中略)完成をみることなく、未完の美しい夢の舞に終わる一種の絶望感であろう」
周りの学生が社会に出る前の羽ばたきを始めているのを見ながら史男も、絵描きを職業とするのか、絵を通して社会に何を発信するのか、決断を迫られていたはずだ。亡くなる1年前の73年に描かれた「青年」には、黒い影が中心と周囲に現れ、将来への不安や苦悩、孤独感がにじんでいるようだ。
73年には300点を描くという多作さだった。「没入ぶりは尋常でなく、消耗するような集中だった」(杉山悦子企画担当課長)。心に浮かぶ空想を自由に描き続けてきた史男は、社会の風潮に背を向け、自分だけの「純粋な世界」を守ろうと、必死に闘っていたのかもしれない。