オールプロでアテネ五輪に出場した日本代表チームの左から三浦大輔投手、清水直行投手、福留孝介選手、上原浩治投手。日の丸を背負った仲間たちとの思い出は今も鮮明だ=2004年8月15日、ギリシャ・首都アテネの野球センター(産経新聞撮影)【拡大】
今も親交がある元ヤクルトの宮本慎也さんが主将としてチームをまとめた。レッドソックスの上原浩治や巨人の高橋由伸、来季からソフトバンクへ復帰する松坂大輔もいた。そして、監督には長嶋茂雄氏。長嶋さんが脳梗塞で倒れ、本大会に帯同できないことが決まったとき、チームの結束力はさらに強まった。
大会期間中は、シーズンとは違って、国を背負うというか、日本代表のユニホームでプレーする責任感をすごく感じた。プロとして、他国の代表たちに負けられないというプライドもあった。
帰国後、長嶋さんから言われた、「野球の伝道師であれ」という言葉が引退後の自らの道標となった。縁もゆかりもないニュージーランドで指導者の道を歩む決断に至った。
野球には、国・地域別対抗のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)がある。ニュージーランド代表も第3回大会の予選に出場した。ただ、五輪はやはり世界的な大イベントであり、そこに野球があるのとないのとでは、競技の“格”も違ってくる。