「木は優しく、人とともに生きていくもの。木造民家も人が住まなくなると突然朽ちる。毎日掃除をし、雨戸を開けて風を入れ替える。ともにいることでお互い長く生き続けられる。木は優しい存在で、実に人に近しいもの」。中川氏の話は、木を一面的に考えていた私の思考を、しなやかに解きほぐしていった。
「木は生き物なので、曲がっていたり節があったり、年輪や油だまりの違いなど、人間と一緒でそれぞれが異なる。けれども、最終的に同じ製品にしていくのが桶屋の仕事ですから、その個性を整えていくのが難しい」という。
≪未来へ 手仕事の「哲学」引き継ぐ≫
「たがが外れる」という慣用句がある。中川氏は「それを体験していただきます」と、一つの桶を私に手渡した。たがをグッと外してみると、バラバラっとあっけないくらいに、桶が複数の板きれになって散らばった。実際には、たがが外れただけではバラバラにならないよう、細かい竹釘で留められているのだが、桶は基本的に、木が外に広がろうとする力と、たがの絞める力の相互のバランスで形が保たれている。水が入るとさらに木が膨張して密着する。手中の力学。中川氏の柔軟な考え方は、伝統と革新、そして毎日の木との対話のなかで、磨かれてきたのだと感じた。