ロマン・ポランスキーの『戦場のピアニスト』という映画があった。主人公が弾くのはほとんどショパンだったが、友人の妹ドロタはバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」を弾いて、主人公に深いインスピレーションを与えていた。さすがポランスキーである。インスピレーションとはもともとは「吹き込む」という意味で、霊感が霊数を呼び込むという原義をもつ。バッハの「神の数」とはこのインスピレーションだったのである。
いま、時代社会は第一次大戦期どころか、もっと卑俗な数に見舞われている。せめて中東に「戦場のピアニスト」が出現してほしいし、それ以上に「市場のピアニスト」も出てきてほしい。できればバッハを弾いて市場に「大いなる数」を響かせてほしい。
【KEY BOOK】「バッハ」(ヴェルナー・フェーリクス著、杉山好訳/講談社学術文庫、1404円)
バッハをめぐる定番の本は、ハーメル、シュヴァイツァー、ゲック、ヴォルフをはじめ、かなりある。多すぎるくらいだ。本書は新たなバッハ本として評判だった。定番になるにふさわしい充実が読める。とくに福音主義ルター派のプロテスタンティズムの正統性を問いながらバッハの一族からバッハの音楽への歩みを克明に示しているところが、読ませた。著者は元リスト音楽大学学長。歴史と神学と音楽をハーモニーさせた一書として、推薦しておく。