青谷や佐治が産地として盛んになった理由について、「清らかで和紙に適した軟水が豊富にあり、楮・雁皮・三椏などの材料が栽培しやすい産地の自然環境のおかげ」と、今回訪問した生産者たちは口をそろえる。現在も水は川の伏流水をくみ上げたり、山奥から引いてきたりしている。
このようにして和紙生産がさかんとなった青谷や佐治では明治に入ると古来の手漉(てすき)に加えて機械化も進み、書道や書画に使われる紙のシェアの6割を占めるようになり、ピークとなった大正期には生産者が1300社にも膨らんだ。しかし、それ以降は生産しやすく安価な洋紙の需要が増え、現在は二十数社にまで減少している。
偶然発見、立体製法
中原商店の中原剛さんは、2000年ごろからランプシェード用の和紙なども生産しており、他では作れない形状の和紙も漉(す)く。この中原さんが生み出したのが「立体漉き」である。つまり求められる立体的な形を紙を貼り合わせるのではなく、一体的に漉くのである。こうすると、継ぎ目のない美しい形ができあがる。2次元の紙を3次元で表現するという技術は、1300年の因州和紙の歴史でも初めてのイノベーションだ。これが生まれたきっかけは「茶こし」だという。