午前10時、重要文化財の法堂(はっとう)に高僧が集まり、大太鼓が打ち鳴らされる。お釈迦さまの入滅の時を描いた涅槃図の前に、少量の砂糖を入れた湯、ご飯、そして抹茶が供えられ、焼香、読経が続いた。30人余りのお坊さんが堂内を何周も練り歩きながら「楞厳呪(りょうごんしゅう)」を唱える。三仏会などごく限られた機会にしか読まれないお経だ。
法堂の周囲はぽかぽか陽気。だが、堂内に日は差さず、五色の布を揺らして吹き抜ける風もまだ冷たい。春であり、冬でもある季節の中で、涅槃会は粛々と続けられた。
≪右手を頬に添えて救済の思椎≫
年末から続く寒さが身にしみていたせいか、ふくよかな表情を見ると心も体も温まる気がする。鎌倉市西御門(にしみかど)の来迎寺に安置される如意輪観音像はかつて、源頼朝をまつる法華堂の本尊だった。
その法華堂が明治初年の廃仏毀釈(きしゃく)で取り壊され、観音像は近くにある来迎寺の客仏となった。ほぼ等身大の寄せ木造りで、膝などの立体的な衣の線は土文(粘土、漆などを混ぜて型で抜き、貼り付けた文様)と呼ばれる。鎌倉・南北朝時代にはお坊さんが中国から直接、鎌倉を訪れることも多く、京都には見られない宋朝様式の仏像が残されたといわれる。