西御門の来迎寺は1293年の鎌倉大地震で亡くなった人を供養するために建てられたお寺だそうで、林住職は「以来700年、細々と続いてきました」と話す。西御門という地名は、鎌倉幕府最初の所在地だった大倉幕府の西の門があったことに由来し、一帯には7つのお寺があった。ただし、そのうち6カ寺は廃寺となり、いまは来迎寺だけが残っている。
本堂には、本尊の阿弥陀如来の他に、法華堂から移された如意輪観音像、地蔵菩薩像、跋陀婆羅(ばつだばら)尊者像も客仏として安置されている。地蔵菩薩像は廃寺となった禅宗寺院・報恩寺の本尊でこちらもほぼ等身大。岩の上で座禅をする姿は、南北朝時代の代表的な法衣垂下像(衣の袖や裾を台座にかけ長く垂らした像)だ。
跋陀婆羅尊者像は報恩寺の浴室にあったとされる。禅宗では生活のすべてが修業なので、お風呂にも尊者の像が祀られているのだという。
鎌倉の歴史の波をくぐり抜けてきた三体の客仏はいま、来迎寺の本堂で静かに春を迎えようとしている。(文:編集委員 宮田一雄/撮影:渡辺照明/SANKEI EXPRESS)