極限状態で見えるもの
2011年3月11日。社会部のエース記者、大嶽は自ら志願して現地取材へと飛んだ。新人時代、阪神淡路大震災で犯してしまった“失敗”を克服するためだった。共に行動する若手記者があまりの惨状に自らの職務使命を見失う中、大嶽は、周囲には冷酷に映るほどの熱心さで取材を進める。そんな中、震災で亡くなった人々の尊敬を集める僧侶が、実は過去のある凶悪事件の関係者だったことを知る-。
執筆のため、実際に発生直後に被災地入りした記者たちに話を聞いた。「話を聞いているうちに、逆に彼らからこちらが問いかけられました。『あのとき、自分は何したらよかったんですか?』と。今は日常生活から死が切り離されているけれど、被災地では目の前に死が広がっていた。そんな極限状況の中、報道人は、大嶽のように、人の心に土足で踏みいらなければならない。『人として』は残酷に見えるけれど、『記者として』は正しい。『大嶽のような記者はいない』とも言われました。でも、極限の状況の中でこういうとんがった人間を描くことで、何をすべきかが見えてくる」