天皇、皇后両陛下の戦没者慰霊ご訪問を目前に、先の大戦の激戦地、ペリリュー島の日本軍の慰霊碑を訪れた遺族の村井正巳さん(左)、生還者の元海軍兵の土田喜代一さん(左から2人目)ら=2015年4月5日、パラオ共和国ペリリュー島(今村義丈撮影)【拡大】
集落持ち回り清掃
シゲオさんとトヨミさんを、日本側関係者は親しみを込め「パラオの父、母」と呼んだ。3000キロも離れた異郷で眠る大切な人を思う戦友や遺族らに代わり、「墓守」として慰霊碑の維持・管理を担ってきた。
トヨミさんは父が八丈島の船大工、母がペリリュー島の酋長の娘という日系2世。シゲオさんは両親が仙台市からパラオに移住した後に生まれた日本人だ。それぞれ「沖山豊美」「庄子茂夫」の日本名を持っているが、慰霊碑を守ってきたのはペリリューの人間としてだったという。
慰霊碑の建立は現地の人々の協力がなければ実現しなかった。戦友や遺族らが当時の酋長から共同墓苑として土地を借り受け、建てられたのが「みたま」。今では取り囲むように、遺族会や戦友・遺族個人など50基以上の碑が立ち並ぶ。トヨミさんが2001年、シゲオさんが08年に死去した後も、息子で現酋長のイサオ・シゲオさん(76)が思いを引き継ぎ、集落の持ち回りで多くの島民が清掃などに関わる。