20世紀の多様性凝縮
中国のなかで連綿と続いてきた絵入り読み物の系譜を受け継いで連環画が生まれたのは、1920年代の上海だ。「小人書攤(しょうじんしょたん)」と呼ばれる街角の貸本屋でずらりと並べられ、子供たちから大人にいたるまで、手軽な娯楽として親しまれていた。描かれた題材は中国の古典文学から武侠小説のような通俗文学まで、多岐にわたる。
中華人民共和国が49年に成立すると、その大衆メディアとしての浸透力に注目した中国共産党によって各地の出版社に連環画編集室が置かれ、その制作体制が整えられていく。研究者によれば、51~58年にかけて累計4億6000万冊を超える連環画が中国国内で出版され流通していたというから、その規模はさすが大陸というところだ。
中国共産党のもとで拡大していった連環画は娯楽読み物としてだけでなく、庶民向けの科学知識の啓蒙(けいもう)や政策普及など、重要なマスメディアとしての役割をポスターなどと併せて担うようにもなった。そうした連環画の政治性がもっとも色濃く出たのが、文化大革命(66~76年)の時期だ。この頃描かれた連環画の多くが、扉に毛沢東語録を掲げつつ、党の理想に忠実な人々の姿を描いた政治宣伝色の強いものとなっている。