「ドン!」。大音響とともに周囲が突然真っ暗になり、粉々になった無数のガラス片が飛んできた。どう逃げたのか思い出せないが、付近の家屋はドミノのように倒れていたという。
同級生らと御幸橋(みゆきばし)を渡り、自宅に戻った竹内さん。このとき一緒だった同級生は、1973年、写真に写っていたセーラー服姿の女学生のことを「私です」と名乗り出た河内光子さん(83)=広島市=だった。
「(河内さんは)これが私だと言うの」。竹内さんは、御幸橋(みゆきばし)の写真に写るもんぺ姿の人を指さす。河内さんも「やけどした父の手当ての様子を、(竹内さんと)2人で見に行った」と、写真を見ながら証言する。
竹内さんは記憶が鮮明でなく、慎重に答えたが、御幸橋の近くで当日、別の米軍機が飛来して土手に身を隠したことを覚えている。
逃げる途中、熱線や爆風のため、皮膚が垂れ下がった人や、目玉が飛び出ている人を見た。「目の玉があんなに大きいとは思わなかった」