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緊張と重圧の「チャイコフスキー」 ロシア・モスクワ (2/4ページ)

2015.8.18 14:00

チャイコフスキー国際コンクールのバイオリン部門最終審査で、演奏後に聴衆にあいさつするクララ・ジュミ・カンさん(左)=2015年6月30日、ロシア・首都モスクワ(黒川信雄撮影)

チャイコフスキー国際コンクールのバイオリン部門最終審査で、演奏後に聴衆にあいさつするクララ・ジュミ・カンさん(左)=2015年6月30日、ロシア・首都モスクワ(黒川信雄撮影)【拡大】

  • バイオリン部門の審査会場となった首都モスクワの「チャイコフスキー記念コンサートホール」=2015年8月8日、ロシア(黒川信雄撮影)
  • 「チャイコフスキー記念コンサートホール」脇のレストラン。店内には、ホールの歴史をたどる様々な写真が飾られていた=2015年8月8日、ロシア・首都モスクワ(黒川信雄撮影)
  • 火事が発生したピアノ部門の会場「チャイコフスキー記念モスクワ音楽院」=2015年8月13日、ロシア・首都モスクワ(黒川信雄撮影)
  • 「チャイコフスキー記念モスクワ音楽院」の隣の喫茶店のテーブルには、楽譜が埋め込まれていた=2015年8月13日、ロシア・首都モスクワ(黒川信雄撮影)

 政治とコンサート

 チャイコフスキー国際コンクールはロシアの作曲家、チャイコフスキー(1840~93年)を記念して1958年に第1回が開催された。コンクールは1950年代初頭、スターリン政権下でソ連の名声を高める狙いで考案されたが、朝鮮戦争(1950~53年)の激化などを受け頓挫。53年にはスターリンが死去し、計画は流れたかに思われた。

 しかしその後、フルシチョフ政権下で再び構想が動き出し、「チャイコフスキー」の名前を冠したピアノ、バイオリンの国際コンクールとして開催される運びとなった。56年にはハンガリー動乱が起き、ソ連軍が介入。ソ連に対する国際的な非難が高まり、構想は再び頓挫するかと思われたが、コンサートへの招待を受けたベルギーのエリザベート王妃(1876~1965年)が訪ソを承諾したことなどから、開催が実現したという。

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