タリバンの最高指導者だったムハンマド・オマル師(中央右)がすでに死亡し、アフタル・ムハンマド・マンスール師(中央)が後継者に選出されたことを報じるアフガニスタンの地元紙=2015年8月1日、アフガニスタン・首都カブール(AP)【拡大】
伝記は、タリバンがオマル師の死を2年以上、隠蔽(いんぺい)していたことを初めて認めている。
オマル師が死亡したのは、13年4月23日。米軍主導の北大西洋条約機構(NATO)は14年末で戦闘行為を終え、国際治安支援部隊(ISAF)の任務は終了することになっていたため、タリバンは13年を「侵略者への抵抗と戦いの最後の年」とみなし、最高評議会や宗教指導者が死を「隠すことを決めた」という。
今年、パキスタン政府の仲介でアフガン政府とタリバンの初の公式和平協議が始まる中、タリバン内には和平の動きに反対する動きが顕在化。指導部の方針に反発する形でオマル師の死亡説が再三、流れた。
アフガン政府は、7月29日にオマル師が2年前に死亡していたと発表。タリバンも直ちにオマル師の死を追認したが、死亡時期については明らかにしていなかった。アフガン情報機関、国家治安局のシェディキ報道官は、オマル師はパキスタン南部カラチの病院で不審な死を遂げたとする一方、タリバンは、死亡場所はアフガンだとし、主張は食い違ったままだ。