技術を伝えることにもこだわった。昭和大横浜市北部病院の富田英医師によると、これまでも海外の医療団が来ることはあったが、現地医師にカテーテル治療を任せたチームはなかったという。「次に来るときは、人工心肺を現地スタッフに回してもらいたい」(国循の林輝行技士長)と、この流れは今後も進むだろう。京都府立医大の森本和樹医師が「やる気があって真面目」、東京女子医大病院の杉山央医師が「勤勉さは日本人以上」と評した通り、現地スタッフの士気も高かった。
かくして多くの子供の治療を終えた医療団だが、決して満足はしていない。「診断や治療はできたが、問題点も浮き彫りになった」(東京女子医大病院の中西敏雄医師)からだ。例えば技術的に可能でも、術後の管理が難しくてミャンマーではできない手術がある。大森赤十字病院の時政愛医師は「日本でできることをそのままやれないジレンマを感じた」と率直に語る。国循の市川肇医師も「日本だったら生きられるのに、ここでは手術をしても生きられない子供がいる。無力感も大きかった」と振り返った。
基金は今後5年間、ミャンマーの小児心臓病治療の技術を上げるため、活動を継続する。読者の皆様、ぜひご支援をお願いいたします。(道丸摩耶/SANKEI EXPRESS)