宗達と光悦から生まれた
みなさんも「琳派」という言葉をどこかで耳にしたことがあるのではないだろうか? 「琳派四百年記念祭」のHPによれば、琳派について、こう説明している。
「そもそも『琳派』は、ごく近年になって使われはじめ、今は世間的に定着した言葉のようだ。大正時代に美術史関係の人が創り出した言葉なので、昭和40年代の美術辞書にも解説されていない。『源氏物語』が千年にわたり親しまれてきたのに比べれば、一般に馴染みが少ないのも当然である。しかし、俵屋宗達(生没年不詳)の『風神雷神図』屏風(びょうぶ)は美術の教科書にも掲載され、多くの人が知っている。この宗達と一緒にいろいろな仕事、例えば『嵯峨本』と呼ばれる謡本を遺(のこ)したのが本阿弥光悦(1558~1637)である。光悦は元和元年(1615)に徳川家康から鷹峯の地を拝領し、それから400年の歳月が流れ、今日に至っている。『琳派』とは、宗達から100年ほど後に絵師となった尾形光琳(1658~1716)の「琳」をとって名付けられた名称。尾形家は俵屋宗達や本阿弥家と姻戚関係にあり、光琳は宗達の作品をよく学んでいる。『風神雷神図』屏風を手本に、光琳は同じ図柄の屏風絵を遺しており、『琳派』は、宗達や光悦から生まれたといってよい」