ただ、その後徐々に理解したのは、「その人にはその人の事情がある」ということだ。例えば、「作業効率を上げるためにここに農道をつくろう」と提案したとき、1人の農民が取るに足りない理由で、かたくなに反対したりする。たった1人のために計画が遅々として進まない。そんな時、私はこちらの主張や重要性を押し付けないようにしている。私たちにとっては「取るに足りない理由」だとしても、その農民にとっては生死を分かつほどの大問題かもしれないのだ。理解してもらえるよう最大限の努力はするが、その人にも受け入れてもらえる別の道を、一緒に探すことも重要だと気付いた。バングラデシュは、若かった私にいろんなことを教えてくれた。そして今では、バングラデシュが私の第二の故郷になった。
≪信じて即行動 学んだ「楽観主義」≫
高校生の頃、テレビに映し出されたエチオピア飢饉(ききん)の様子を見たときから、私の「途上国支援の道」が始まった。
「この不公平はなんだ。生まれた国が違うだけなのに、なぜ画面の向こう側はあんなに悲惨で、日本では何一つ不自由のない生活ができるんだ」。怒りにも似た感情が湧き上がったのを今でも覚えている。