拉致被害者と特定失踪者のパネルを手に署名を呼びかける家族ら=2日午後、埼玉県川口市(中村昌史撮影)【拡大】
拉致被害者の支援組織「救う会」は昭二さんら3人を拉致被害者と認定。内田さんら家族は被害者の「家族会」にも参加しているが、武志さんの説明もあり、政府に拉致被害者として認定されていない。
昭二さんの妻、トシ子さんは「遺骨を見るまでは亡くなったとは信じない」と帰国を待ち望みながら14年に76歳で死去。内田さんは「遺骨が北朝鮮にあるのなら、持ち帰って母の墓に入れてあげたい。それが、息子としてできる、せめてもの弔いだ」と話す。
拉致の疑いが強いのに、被害者認定されていない行方不明者はほかにもいる。
昭和51年7月に羽田空港から出国し、行方不明となり、その後日航機「よど号」乗っ取り犯の一人と結婚した福留貴美子さん=同(24)=もその一人。
支援者は「(福留さんは)モンゴル行きを希望しており、だまされて北朝鮮に連れて行かれた可能性が高い」とみており、よど号犯メンバーの妻にさせるために拉致されたとする。
福留さんは55年に日本に入国。子供を北朝鮮に残したままの状況で日本に来ており、逃げるのは困難だったが、機会がありながら、逃げなかったとして拉致被害者としては認定されていない。
60年に警視庁が摘発した「西新井事件」で、北朝鮮工作員になりすまされていた北海道出身の小住(こすみ)健蔵さんも拉致された疑いが強い。日本政府も平成14年の日朝国交正常化交渉で小住さんについて、北朝鮮に確認を求めたことがあるが、認定にまでいたっていない。