背景には、三重県からの情報発信力の弱さがあるのではないか。ちなみに旧三井財閥の祖とされる豪商の三井高利(1622~94年)は松阪の出身であり、四日市を発祥地とする岡田屋呉服店は流通大手イオンに発展した。地元では「常識問題」でも、他府県では意外と知られていない「豆知識」かもしれない。発信力が弱いゆえに関心も薄くなってしまう。
近畿なのか、それとも東海?
三重県は一般的に東海地方、あるいは中部地方に含まれるが、教科書や辞書、百科事典などでは近畿地方に分類されることが少なくない。つまり実態に合っていないのである。
疑問に思う人も多いようで、社会科教科書や地図帳などの出版で知られる「帝国書院」はホームページで「『近畿』とは『畿内とその周辺地域』という意味であるとされており、三重県も京都や奈良に都があった際の圏内だったようです」と説明。それゆえに、明治以降に使われるようになった7地方区分の近畿に三重県は含まれ、現在に至っているようだ。