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【フェラーリ・カリフォルニアT(4)】受け継がれる勝者の証し

ニュースカテゴリ:企業の自動車

【フェラーリ・カリフォルニアT(4)】受け継がれる勝者の証し

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フェラーリは、F1をはじめとするレースに参加しながら、その技術を市販車開発に生かす  1929年に、アルファ・ロメオのワークスドライバーとして活躍していたエンツォ・フェラーリ。彼がレース工房として設立した「スクーデリア・フェラーリ」を前身とし、フェラーリの歴史は始まった。フェラーリのシンボルとして知られる後足で立ち上がった「跳ね馬」(Prancing Horse)の紋章。これは、第一次世界大戦時にイタリア空軍のエースだったフランチェスコ・バラッカが搭乗する戦闘機に付けていたものを譲り受けたという。23年にラベンナで行われたレースに優勝したエンツォに対して、バラッカの母親が、亡き息子のシンボルであった跳ね馬の紋章を勝者の証しとしてエンツォに託したと伝えられている。

 その後、第二次世界大戦によってレース活動が禁止されると、エンツォは工作機械製造の経営者となった。そして終戦後は、マラネッロに自前の自動車工場を設立し、次第に自前のレーシングカーを開発するようになる。

 ◆高性能車のブランド確立

 創業した1947年に製造したレーシングスポーツ「125S」がフェラーリとして開発した最初のモデルである。その後、レーシングカーをロードカーに仕立て上げる製法で車種を広げていった。初めて市販車の製造を開始したのは「250」シリーズだ。レース参戦を目的としたモデルで、シリーズを重ねるごとに改良は進み、走行性能はもちろん、市販車としての操作性や快適性も高まり、生産台数を順調に伸長し車種も拡大。フェラーリの市販車は、デザインの美しさや、F1などでの活躍による性能の高さの評価を得て、ヨーロッパや北米を中心に高性能市販車としてのブランドを確立していったのである。

 69年には、イタリア最大の自動車メーカーであるフィアットグループの傘下となり、経営基盤が整えられた。往年のフェラーリは12気筒エンジンがその象徴でもあったが、市販車の実績の多いフィアットのノウハウを得て、V型6気筒エンジン、V型8気筒エンジンを導入したモデルも誕生し、車種の幅も広げていった。2007年には設立60周年を迎え、ヨーロッパ諸国や日本、アメリカなど主要市場での販売実績も堅調に推移している。

 このように、市販車メーカーとしてのベースを強固にする一方で、新技術を反映したGTカーのニューモデルを投入するなど、F1を頂点とするレースを意識した車作りへの情熱は変わることがない。

 ◆ピニンファリーナがデザイン

 フェラーリを語るうえで、欠かせないキーワードの一つであるイタリア最大のカロッツェリア「ピニンファリーナ」。1952年からフェラーリのパートナーとしてデザインやエンジニアリングに携わってきた。

 最新の「フェラーリ・カリフォルニア T」もフェラーリ・スタイリング・センターと同社によって共同でデザインされている。フェラーリのモデル名には「ピニンファリーナ」の名称を持つものも存在し、2010年には、ピニンファリーナの80周年を記念した限定モデル「SA アペルタ」も発売されるなど、その信頼関係は厚く、フェラーリの美しいフォルムを支え続けている。

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