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書評
【書評】『甘い漂流』ダニー・ラフェリエール著、小倉和子訳
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】『甘い漂流』ダニー・ラフェリエール著、小倉和子訳(藤原書店・2800円+税)
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1976年、一人の青年がモントリオール(モンレアル)にたどり着く。彼は、ハイチのジャン=クロード・デュヴァリエの独裁政権下で身の危険を感じて国外脱出を図った元ジャーナリスト。『甘い漂流』の主人公である。本書は、カナダのハイチ系ケベック作家ダニー・ラフェリエールが、モンレアル到着後の1年間の日々の出来事と心象風景を綴(つづ)った自伝的小説。
「ぼく」は、移民支援センターで得た支援金をもとに、ゴキブリとネズミが同居する部屋を借りる。カナダは移民者も亡命者も受け入れる国。人道的立場を強調する政府の政策から、亡命者にはより手厚い保護がある。しかし主人公の「ぼく」は、亡命申請は拒む。ハイチでは、反体制派の急先鋒(きゅうせんぽう)紙のジャーナリストをしてきたプライドと祖国への思いが、それを許さない。それに、「殺される前に逃げたのだから」。
本書は、カナダの移民文学によくみられる白人優勢な社会で、差別の視線を感じながら社会の底辺で生活する苦労話に終始しない。セックスのうめき声が聞こえてくるすえた臭いのアパートに暮らし、不潔で危険な工場で働きながらも、精力絶倫の23歳のニグロの「ぼく」には、白人のガールフレンドが2人いる。おまけにクリーニング店の太っちょのおかみさんも食糧でいっぱいの袋を抱えて、つかの間の愉(たの)しみを求めてやってくる。個人情報が盛りだくさんのリアリズム小説ならではの面白さである。
本書の時代設定は1976年。しかし出版は2012年。その間のラフェリエールの作家としての「漂流」の旅が、本書に深みを加えている。ラフェリエールは芭蕉を敬愛するという。俳句を意識した洗練された散文詩的文体はリズム感があり、心地よい。さらに、ハイチの祖母のもとで過ごした幼年時代に培われた抒情(じょじょう)性と、ジャーナリストとして養った現実を瞬時にとらえる鋭い視線と洞察力が、ラフェリエール作品にいっそうの趣を与える。
今、移民作家が活躍するケベックの文学界。ラフェリエールはその筆頭にいる。(藤原書店・2800円+税)
評・佐藤アヤ子(明治学院大学教授)