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【書評倶楽部】古美術鑑定家・中島誠之助 『飼育係はきょうもフィールドへ』

ニュースカテゴリ:暮らしの書評

【書評倶楽部】古美術鑑定家・中島誠之助 『飼育係はきょうもフィールドへ』

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中島誠之助さん  □『飼育係はきょうもフィールドへ 水族館屋のユメ・ウツツ物語』

 ■生態研究の輝き、教育の原点

 著者は姫路市立水族館を定年退職し、引き続き嘱託館長を務める水生動物飼育の第一人者である。そして産経新聞の播州版に50回連載された「水族館屋のユメ・ウツツ物語」を一冊の本にまとめた貴重な現場報告書といえる。

 私は本を読むとき心に残った箇所を記憶するために、そのページに付箋(ふせん)を貼ることを常としている。この本も習慣として付箋を貼りはじめたが途中で止(や)めてしまった。それはどのページも面白くて全ページが付箋で埋まってしまったからである。

 東京の芝学園に生物の教師として2年間を過ごした青春時代がプロローグとなっている。驚いたことに、その後、水族館に赴任してからの40年間、還暦を迎えた生物部の教え子たちが、先生を慕い続けているのだ。

 それは生物教室に水槽を並べて命の尊さと不思議さを教え、短パン一つになって野球やソフトボールに夢中になった日々が、いかに生徒たちの人生に輝きを与えたかを物語っている。この本は全国の中学高校の生物部の課外読本として推すことができるほどの深い示唆に富んでいる。

 姫路市の小中学生が水族館を見学し、ウミガメの甲羅をたわしでごしごし洗っている写真が載っている。その表情のなんという明るさだろうか。ここに教育の原点がある。

 国の特別天然記念物であるオオサンショウウオの生態調査に人生を捧(ささ)げて、兵庫県朝来市生野町の廃校に移り住む。やがて研究所を訪ねる人々で、過疎の里に脚光が当たる。

 ケータイもパソコンもない暮らしの中から、絶滅危惧種のウナギを案じ、野生動物を守るためのワシントン条約の行方を見続ける。

 生きている化石と呼ばれるオオサンショウウオは、人間より長生きをする。そこで次世代三世代先の後継者に、生態研究の成果を託すのだ。(栃本武良著/北星社・1800円+税)

【プロフィル】中島誠之助

 なかじま・せいのすけ 昭和13年生まれ。東京・青山の骨董通りの名付け親。著書に『句集 古希千句』ほか。

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