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【都知事選】「沈黙破った殿」 細川氏出馬決断 東国原氏は不出馬の意向          

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【都知事選】「沈黙破った殿」 細川氏出馬決断 東国原氏は不出馬の意向          

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細川護煕(もりひろ)元首相の歩み=1938年1月~1998年5月  猪瀬直樹前知事(67)の辞職に伴う東京都知事選(1月23日告示、2月9日投開票)に、細川護煕(もりひろ)元首相(75)が出馬を決断したことが1月10日、分かった。来週に正式表明する。複数の関係者が明らかにした。小泉純一郎元首相(72)と週明けに会談し、「脱原発」で連携し、支援を求める構えだ。一方、自民党東京都連は10日、舛添(ますぞえ)要一元厚生労働相(65)を推薦する方針を決定した。都知事選は舛添、細川両氏を軸に展開する構図になりそうだ。

 細川氏は10日、周辺に「出馬を決断する状況になった。今の政治状況は心配だ。落選してもいいからやる」と伝え、知事選立候補に向け準備を本格化させる考えを明らかにした。

 細川氏は、東日本大震災以降、「脱原発」の主張を強め、今年初めには「東京都は東京電力の株式を多数保有している大株主だ。影響力は大きい」と周辺に話していた。昨年(2012年)12月には小泉氏と会談。関係者によると、2人はエネルギー問題で意見交換し、「脱原発」で一致した。細川氏はその後、都知事選では原発問題について有権者の注目度が高いと判断、出馬を検討するようになった。

 都知事選をめぐり、民主党が細川氏を「最有力候補」と位置付け、出馬を打診していた。細川氏は、幅広い都民の支持を得たい意向で、特定政党の推薦や支持を得ず、無所属で選挙に臨む考えだ。同時に、選挙戦を有利に進めるためにも、国民に根強い人気がある小泉氏の協力を得ることにしている。選挙公約では「脱原発」のほか、財政改革を柱に訴える見込みだ。

 細川氏は、1971年に自民党公認で参院初当選。熊本県知事を経て、92年に日本(にほん)新党を結成、代表に就任。92年7月に参院議員に復帰し、93年7月に衆院初当選。93年8月から94年4月まで首相として非自民8党派による連立内閣を率いた。98年、還暦を区切りに政界を引退し、陶芸家として活動していた。

 一方、前宮崎県知事で昨年12月に衆院議員を辞職した東国原(ひがしこくばる)英夫氏(56)は10日、千葉市内で記者団に対し、「出馬しないととってもらってもいい」と述べ、不出馬の意向を表明した。

 ≪「脱原発」で小泉氏と気脈通じる≫

 1998(平成10)年に政界から去り、陶芸の世界に身を置いてきた細川元首相が、都知事選出馬を決断した。直接のきっかけは、小泉元首相と「脱原発」で意気投合したことによるものだ。実は、2人は現役時代にも民間有識者を交えた「行革研究会」を立ち上げるなど気脈が通じる部分があった。

 「勝ち負けではない。もうやるしかない」

 細川氏は出馬の決意にあたり、周辺にこう伝えた。

 細川氏を都知事選に推す声は昨年(2012年)12月、猪瀬前知事の辞職直後から民主党を中心に広がっていた。細川氏は、その時点では踏ん切りがつかずにいた。「他の目玉候補」が出てくる可能性に躊躇(ちゅうちょ)したのだ。

 ただ、布石は打っていた。12月の小泉氏との会談では、猪瀬氏が辞職するかどうか不透明な中、「脱原発」で意見が一致。さらに小泉氏はこう促した。

 「知事選に出たらどうだ」

 細川氏も「小泉さんこそ出たらどうか」と向けるなど、互いに都知事選を意識するようになり、距離が急速に縮まっていた。

 年が明けると、細川氏のもとに「小泉氏が『支援する』と言っている」との情報が政界関係者から続々と入り始めた。小泉氏も細川氏と会うことに前向きな姿勢を周囲に伝えた。

 細川氏と同じ日本(にほん)新党出身の野田佳彦前首相(56)らも年明けから水面下で出馬を促し、細川氏の背中を押した。昨年(2012年)の都議選の民主党落選者らが独自に選挙事務所の準備や資金集めに奔走した。

 ただ、細川氏は98年に「60歳は区切り」として衆院議員を辞職した経緯があり、75歳での政治復帰には説明も求められる。自民党幹部は「最近は芸術に携わってきたようだが、細川氏自身が骨董(こっとう)品だ。ゾンビだ」と皮肉る。

 これに対し、細川氏が議員辞職願を提出した直後、厚相だった小泉氏だけは記者会見でこう「予言」していた。

 「細川氏は節目節目で、また引っ張り出されてくるのじゃないかな」(SANKEI EXPRESS

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