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【HAPPY SKATING×パラリンピアン・ライフ】(4) サポートに感謝 伝えることで恩返し

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【HAPPY SKATING×パラリンピアン・ライフ】(4) サポートに感謝 伝えることで恩返し

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本音を語り合いすっかり打ち解けた鈴木明子さん(左)と佐藤真海(まみ)さん=2014年3月31日、東京都千代田区(大橋純人撮影)  パラリンピック女子走り幅跳びの佐藤真海(まみ)さん(32)と、フィギュアスケーター鈴木明子さん(29)は、これまでの周囲のサポートに感謝し、これからの活動で恩返しをしていくことを誓い合った。

 環境に恵まれた

 ――佐藤さんはサントリーの社員、鈴木さんも邦和スポーツランドの契約社員として企業の支援を受けて活動をしています。アスリートから見て日本の競技環境はどうですか

 鈴木さん「フィギュアスケートの選手は大半が大学卒業と同時に現役を引退します」

 佐藤さん「どうしてですか」

 鈴木さん「一番は、リンクなど練習環境が整っていないという背景があります。私は幸運にも、大学4年の1月に地元の邦和スポーツランドで受け入れてもらえることが決まり、会社が運営しているリンクで練習することができたので、この年まで現役を続けることができました。大学4年のユニバーシアード大会で優勝したのが唯一のタイトルで、五輪なんて夢のまた夢。競技を続けるにしても、親からいつまでもサポートが受けられるわけでもなく、環境に恵まれたと感謝しています。最初のころは、練習の合間に貸し靴の受付などもしていました」

 佐藤さん「フィギュアはお金もかかるというイメージがありますね。私は他の学生と同じ一般入社だったのですが、入社直前にアテネでのパラリンピック出場が内定しました。サントリーはラグビーやバレーボールなど企業スポーツに力を入れていますが、私のような例は過去にありませんでした」

 鈴木さん「でも、パラリンピックをあきらめるわけにはいきませんよね。悩んだのではないですか」

 佐藤さん「すごく悩みましたね。社会人になって働くことは子供のころからの憧れでもありました。でも、病気をしたことで、後悔することだけは絶対にしたくないと思うようになりました。スポーツで世界に挑戦できるのは今しかない、と。最初は試合や遠征にいくときは特別休暇を取っていました。もちろん、自費で。練習時間の確保もままなりませんでした。海外では、企業の手厚いサポートに恵まれているパラリンピック選手もいます。練習して追いつかないといけないのに、むしろどんどんレベルを離されていく危機感もありました。上司と話し合っていくなかで会社が理解を示し、サポートしてくれるようになっていったのです」

 鈴木さん「いま、会社ではどういう仕事をされているのですか」

 佐藤さん「CSR(企業の社会的責任)推進部に所属して次世代の子供たちにスポーツを通して夢に向かって努力する大切さを伝えていくことなどに取り組んでいます。私がやりたいことを仕事にしてくれている格好で、会社の支えに感謝しています」

 鈴木さん「企業の支援を受けることで、『まわりのサポートがあるから、私は競技を続けていられるんだ』という感謝の気持ちが強くなりますよね」

 晩成型選手を研究

 ――佐藤さんは昨年(2013年)4月にブラジルで行われた大会で日本記録の5メートル02センチをマークしました。鈴木さんも引退するラストシーズンで日本選手権初優勝。長く現役を続けて結果を残す秘訣(ひけつ)は

 鈴木さん「体は年々、変化し疲れが取れにくくなりました。日々の練習もまだできると思ってやってみたら痛みが出てしまうこともありました。『ここまでやったら駄目なんだな』と自分と会話しながら向き合ってきました。かつてのように、がむしゃらにやるという時期は過ぎたと思っていました」

 佐藤さん「私も、もう練習量を追うことはやめました。無理をすることが決していいことではないことに気付きました」

 ――鈴木さんは3月で引退。今後はどのような活動を予定していますか

 鈴木さん「アイスショーに出演することをメーンに考えています。滑れるのは今しかないので、自分が動ける限り、スケートを好きになってくれる人が増えるようにスケートの楽しさを見せていきたいです。もう一つ、慶応義塾大システムデザイン・マネジメント研究所で研究員として『晩成型選手』をテーマに勉強をする予定です。私のような遅咲きと呼ばれる選手の成長過程を研究することで、次代のアスリートに新たな可能性が生まれたらうれしいです」

 佐藤さん「私も29歳のとき、また学びたい、知識を深めたいと思って早稲田の大学院に入学して修士課程を修了しました。働きながら競技も続けていたので、時間的にはすごく大変でしたが、アスリートの視点からパラリンピックを研究するのは自分にしかできないんだと言い聞かせて頑張りました。そのことはいまにつながっていると確信しています。晩成型の研究には、すごく興味があります」

 鈴木さん「そう言ってもらえて、心強いです。これまでは世間のことをほとんど知らない、駄目な社会人だったと思います。でも、スケートで学んできたことを研究に生かして、さらに世の中に伝えていけたらいいなと思っています。これまでスケートしか知らなかった分、視野を広げてどんどんと可能性を広げていきたいです」

 佐藤さん「楽しみにしています。お互いに進化して、また話ができる日が来ることを楽しみにしています」(司会・構成:田中充/撮影:大橋純人/SANKEI EXPRESS

 =おわり

 ■さとう・まみ 1982年3月12日、宮城県気仙沼市生まれ。早大時代に骨肉腫を発症し、20歳のときに右足膝下を切断して義足生活に。大学3年だった2003年1月から高校時代以来の陸上競技を再開。女子走り幅跳びで04年アテネ大会から12年ロンドン大会まで3大会連続でパラリンピックに出場。昨春にマークした5メートル02センチは義足選手の日本記録。サントリーに勤務する傍ら講演などでパラリンピックの普及・啓発にも取り組む。

 ■すずき・あきこ 1985年3月28日、愛知県豊橋市生まれ。フィギュアスケート女子シングルで2010年バンクーバー五輪8位入賞、12年世界選手権銅メダル。邦和スポーツランド所属。趣味はヨガ、読書。

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