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【アラスカの大地から】じっと耐え忍んだ命が芽吹く

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【アラスカの大地から】じっと耐え忍んだ命が芽吹く

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白夜に輝くチョウノスケソウ。日中の日差しは肌が焼けるほど強烈だ=2010年6月20日、米アラスカ州(松本紀生さん撮影)  この原稿が掲載されるちょうどその日に、北極圏のツンドラ地帯でキャンプを始める予定だ。すぐ北に北極海を望む極北の辺境。前人未踏を思わせる原野にセスナ機で降ろしてもらう。

 6月初旬のこの地域はちょうど春を迎えようとしている。山頂や川岸に分厚く残る雪も、白夜の日差しにさらされると、あっという間に姿を消してゆく。

 枯れ草に覆われた茶色い地面を突き破り、無数の草花が芽吹いてくる。それまでの約9カ月間をじっと耐え忍んだ命が、ようやく陽の目を見る瞬間だ。

 大地を覆う緑、そして花畑。無限の生命力が風景に満ちあふれる。

 ここは本当にアラスカなのかと錯覚を起こすほどの柔らかな景色。つくしを見つけたりすると、いよいよ思考の調整が必要になる。

 誰もいない、何もない地の果てで、ひとり満たされてゆく心を感じる。

 ≪心も豊かにする「うまい水」≫

 雪解け水で勢いを増した河が、岸を浸食しながら海へと流れる。恐怖を覚えるほどのうねりと轟音(ごうおん)。しかしこの水がうまい。手を数秒浸すと痛みで耐えられなくなるほどの冷たさが、のどをきっぱりと清めてくれる。鞭毛虫(べんもうちゅう)による猛烈な下痢の危険はあるのだが、ダムからの放水のごとく流れる河からその一点を引き当てることなどないだろうと、都合のいい言い訳を唱えてしまうのだ。

 おいしい空気と水、そしてゆったりと流れる時間。実はたったそれだけで、人の心は豊かになる。そのことを身をもって感じられるのが、春の北極圏なのである。

 そんな知ったふうなこと書きながら、今晩はどんなおいしいものを食べに行こうか、と机に向かいぼんやり考えている自分がいる。もっともっと、と求めてしまうんだなあ。それは必ずしも悪いことではないのだろうが、そろそろあの河の水で頭を冷やしてこよう。(写真・文:写真家 松本紀生(のりお)/SANKEI EXPRESS

 ■まつもと・のりお 写真家。1972年生まれ。愛媛県松山市在住。立命館大学中退後、アラスカ大卒。独学で撮影技術やキャンプスキルを学ぶ。1年の約半分をアラスカで過ごし、夏は北極圏や無人島、冬は氷河の上のかまくらでひとりで生活しながら、撮影活動に専念する。TBSのドキュメンタリー番組『情熱大陸』でも紹介される。著書に「原野行」(クレヴィス)、「オーロラの向こうに」「アラスカ無人島だより」(いずれも教育出版株式会社)。日本滞在中は全国の学校や病院などでスライドショー「アラスカ・フォトライブ」を開催。matsumotonorio.com

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