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ジャンル分けできない世界を書きたい 「グレイ」著者 堂場瞬一さん
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デビュー以降ハイペースで作品を発表し続ける堂場瞬一(どうば・しゅんいち)さん。「好きなことを書いてお金をもらってこんなにいいことはない」=2014年5月21日、東京都千代田区(野村成次撮影)
警察小説の名手・堂場瞬一さん(51)が新刊『グレイ』でピカレスクロマンに挑んだ。希望に満ちた青年が、恐ろしいわなに引きずり込まれる。「堂場新時代」の始まりを告げる意欲作だ。
1983年、東京。バブル前夜の日本では、情報がカネを生む時代が幕を開けようとしていた。大学2年生の波田(はた)は、卵焼きとコメだけで夕食をすますほど、日々の暮らしにきゅうきゅうとしていた。ある日、たまたま街頭調査バイトの求人チラシを受け取ったことから、人生が大きく動き始める-。
作品の時代背景は、自身の青春時代と重なる。「昨年、50歳になったんです。人生の節目を迎えて、20歳ぐらいのことを思い出すことが多くなった。この時代は、まだITが出てきたばっかりで、世の中を変えるという実感なんてなかった。何かがうごめいているんだけれど、その正体がなんだかよく分からない。社会が一気に大きく動き出す前の、モヤモヤした時代でしたね。カネが絡んだ犯罪が増えてきたのも、このあたりからだったんじゃないかな」
高額なバイト代につられ、街頭調査のアルバイトを始める波田。働きぶりを見込まれ、著名な経済評論家・北川が主宰する「北川社会情報研究所」に破格の待遇で採用される。コメだけの夕飯から、高級ステーキ店へ。情報を収集分析し、企業に新たな市場を提案する…そんな仕事に夢を抱くようになる波田だったが、ある商事会社の動向を探るプロジェクトに関わったことから、拉致・監禁・逮捕と黒い渦に巻き込まれる-。
正義か、悪か。平凡な大学生が、複雑な入り組んだわなに立ち向かっていく様子がスリリングに展開される。「知的ゲームとしての側面もあります。波田自身も変わっていく。ヘンな表現かもしれないけれど、『負の成長小説』ですね」
“ピカレスクロマン”と銘打たれてはいるが、描かれるのはいわば“等身大の悪”。「普通の人が、悪の道に進んでしまう物語。最初はお金がほしいという単純な動機だけれど、徐々に深みにはまっていって、気づいた時には悪に染まっている。お金が絡むと、簡単に人は悪に手を出してしまう。時代こそ1980年代だけれど、こういった人たちはどの時代でも一定の割合で噴出している。今で言うなら、振り込め詐欺の出し子とかね」
“巨悪”ではなく、どこにでもある“悪”を。その理由は、警察小説の名手がなぜピカレスクロマンを、という問いへの答えにも通じる。「今回登場するのはみな『小物』。あえて下の人間しか書いていない。ここ数年、人間を書きたい、というよりも社会全体を書きたいという衝動があって。(人間の生きている総体的な現実を文学作品として表現する)全体小説、ですね。それには上から下までを描かなければいけない。今回の作品はそのための『前夜』です。波田もこれから書かれる作品に、何らかの形でリンクするかもしれない」
2001年のデビュー以降、新聞社に勤めながら作品を執筆していたが、12年末に専業に。日中はジムに通ってトレーニングをし、執筆のための体力作りを欠かさない。「感覚としてはアスリートに近い。自分の競技のためには努力を惜しまない、という。好きなことを書いてお金をもらえる。こんないいことないですよね」
来年、著書が通算100作目を迎える予定だ。「そのあたりから、少しずつ書くものが変わっていくんじゃないかな。永遠に書けるわけではないから、やりたいことを全て書いてしまいたい。僕は、ジャンル小説を書いていますが、そういうジャンル分けが好きではない。ジャンル分けできない世界を書きたい。それがこれから10年間の目標になると思う」
とはいえ、日本を代表するエンタメ作家としての矜持(きょうじ)は十分だ。「登場人物は自分と重なる部分があるか、とよく聞かれますが、絶対にない。せっかく物語という虚構の世界を描く権利を神様から与えられているのに、なぜ自分のことを描かなければならないのか、という感じ。大きな嘘をつく喜びを放棄したくないですね」
一日も欠かさず執筆する。「僕は『Born To Write』(書くために生まれた)だから」-。このせりふが、ここまで決まる作家もいないだろう。
「グレイ」(堂場瞬一著/集英社、1600円+税)