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【円游庵の「道具」たち】心地よい距離 丸若裕俊
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凛としたたたずまいの自在鉤と蝋燭受け=2014年6月18日、東京都港区(大山実撮影) 美しい道具とは何か。われわれは道具のどこに美しさを感じるのだろうか。この連載を続けさせていただいている中で、私は何度となく自問自答を繰り返している。先日ふと今回ご紹介する一品「自在鉤(かぎ)」のデザインを手掛けた猿山修氏に問うたら、「緊張感の漂う道具に美しさを感じる」と返ってきた。
確かに、「自在鉤」もそうした美しさを備えている。
猿山氏との出会いは、6年ほど前になる。
元麻布の「さる山」というギャラリーの主宰でもある猿山氏は、世界各地を巡って多くの物を見てきた経験を持ち、骨董(こっとう)の世界にも明るい。柔らかな物腰と穏やかな語り口の中に、深い知識と高い美意識を持ち合わせた者特有の凛(りん)としたたたずまいを感じさせる人物である。猿山氏のデザイナーとしての作品は、インテリアショップはもちろん、飲食店などでも多く目にすることができるが、素材を吟味し、作り手とともに丁寧に仕上げられた品々の存在感は、他と一線を画すものであり、デザイナー自身と同様の凛としたたたずまいを備えている。
今回の一品を見て、何処かで見たことがあると思った方もおられるだろう。
基になった自在鉤は、囲炉裏(いろり)で鍋などを火にかける際に用いられ、長さを変えることで火加減を調整する道具である。日本の原風景のシンボリックな存在であり、パチパチという火音や鍋蓋の隙間から噴き出る湯気とともに思い浮かべられるのではないだろうか。
原型は、今から20年以上前に作られ、幾度もの改良を重ねて現在の形になった。囲炉裏のない現代の生活においてはそのままでは取り入れ難い道具を、基本形状はそのままに、繊細かつ洗練されたフォルムに置き換えることによって、見事に魅力ある道具へと生まれ変わらせている。
また、磁気製の蝋燭(ろうそく)受けが添えられているが、使い手の工夫次第で花受けや香立てなど多くの用途に用いることが可能であり、心地よい緊張感のある空間を演出するために、その名の通り自由自在にしつらえることができる。実際に部屋に吊るしてみると、途端に不思議な空気の張りが広がる。そして、同じ空間に存在する他の物との距離感がくっきりと浮かび上がってくるような感触を覚える。それは決して不快なものではなく、何とも言えぬ心地よい安堵(あんど)感を与えてくれるものである。この独自性や完成度をみると、猿山氏が他のどの品よりも長く作り続けているというのも納得である。
私たちの生活環境は、利便性という点では数十年前と比べて申し分ない。各地を飛び回る生活を送っている私自身、もはやiPhoneのない生活は考え難い。しかし、自然との共存を強く感じていた時代に得られた安らぎは消えてしまったように思える。情報と技術の海に浸り、余りある恩恵を受けながらも、幼少の頃に感じた安らぎを得たいとの贅沢(ぜいたく)な願いを持っているのである。
願いをかなえるためには、何が必要なのか。その答えは、実は適度な緊張感にあるのではないかと思う。
安らぎを感じる心地よさは、自分を取り巻く環境がバランス良く存在するとき、すなわち全ての物事との距離感が適切な状態にあるときに感じられるものだ。適切な距離感は均衡を生み、物事と自分との間に適度な緊張を生じさせる。しかし、あまりに便利な環境の中に身を置いていると、物事との関係性が希薄となり、自分との距離感も曖昧になってしまう。その結果、空気がだらしなく弛緩(しかん)し、どことなく居心地が悪く心休まらない空間を作り上げてしまうことになる。
空間に配置するだけで空気に張りを持たせるような道具は、その品自身が持つ凛としたたたずまいによって、こうした空間に適度な緊張を与え、心地よさに繋(つな)がる距離をもたらす素晴らしい道具でもある。猿山氏の「自在鉤」は、美しいインテリアであると同時に、私たちの生活を心地よいものに変えてくれる優れた一品といえるだろう。(企画プロデュース会社「丸若屋」代表 丸若裕俊/SANKEI EXPRESS)
≪銀座・和光「伝統美と新たなかほり-洗練された日常-」監修協力≫
銀座・和光本館6階 和光ホールで行われる夏の催事を、昨年(2013年)12月に引き続き本年度も株式会社メソッドと共に丸若屋が監修。今回掲載の猿山修氏の品々も並ぶ本催事は、「伝統美と新たなかほり -洗練された日常-」と題し、日々の暮らしに溶け込み、日常に彩りを添えてくれる伝統技法を生かした作品やアートを展示販売。伝統を更新する新たな息吹を感じさせる品々は、「日本の美」を改めて感じさせ、心ときめく空間や暮らしを提案してくれます。会期中、お近くにお越しの際はぜひお立ちよりくださいませ。
会場:和光本館6階 和光ホール(東京都中央区銀座4の5の11)
会期:7月18日(金)~7月27日(日)
時間:午前10時30分~午後7時(最終日は~午後5時)
演劇、映像及び展覧会のための作曲・演奏活動も。2001年よりシアターカンパニー“ARICA”の音楽を担当。