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座長の美意識は絡まりあった糸を解す 長塚圭史

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座長の美意識は絡まりあった糸を解す 長塚圭史

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コクーン歌舞伎のもう一つの魅力は観客との距離感です。舞台と客席が一体化することも屡々(しばしば)。お客様の後ろ姿もセットの一部のように記憶されます=2014年6月6日(松竹提供)  【続・灰色の記憶覚書】

 さて、前回、前々回に引き続きコクーン歌舞伎「三人吉三」で演出助手を務めた私の思い出話に華を咲かせている。

 前回は下座(げざ)なしでの歌舞伎の難しさというお話だった。これは伝統的に下座なしの歌舞伎はなかった、ということだけには留まらない。歌舞伎役者は音でさまざまな決め事をしてゆく。決めぜりふがあって見得(みえ)あって三味線入って次の場へという約束事で進んでゆく。なので何処でせりふを入れるかも含め、下座の合図抜きの間合いを見つけてゆかねばならず、慣れた人にとっては大変にやりづらい。今回は私を含めて歌舞伎初心者が多いから気にする人は少ないが、実は歌舞伎役者にとっては気持ち悪いことだらけだったのだ。主演で出番の多い(中村)勘九郎さん七之助くん(尾上)松也くんらの違和感といったらないのだろうに、全くそういった様子を見せないのは彼らの潔さというか、串田和美演出に一切乗る覚悟だ。

 下座なしで立ち回り

 それで話はとうとう本題に入るが、下座なしで立ち回りをやるというのが、これまた厄介なことなのだ。生演奏として入っているパーカッションと附打(つけうち)だけでは、ラスト一面の雪景色の中で行われる大立ち回りと呼応しきれない。そこで録音された現代音楽も流してゆく。録音となると舞台上の呼吸だけでは音楽がはまらなくなってくる。はまらなくてもいい。録音された現代音楽は暴力的に即興的に爆音で入り込んでは、忽(たちま)ちのうちに消えたり遠ざかったりする。と、串田さんはまたまたアバンギャルドなことを言い出す。録音がアドリブ的に立ち回りに入り込むと、役者は調子を失い混乱してしまう。また音楽に一定の流れや展開がないゆえ立ち回りの構成がなかなか決め切れない。それぞれのパートが必死にアプローチするも、噛み合わないことが続く。纏(まと)めようとすれば矮小化され、攻めれば千々に乱れた。音楽監督の伊藤ヨタロウさんも、音響操作の鏑木さんも、立師の(中村)いてうさんも、現場の誰もが幾度も青ざめた。劇場に入って、いざ舞台稽古となってもまだまだ答えは見つからなかった。それぞれに魅力的なアイデアは持ち込まれている。しかしどれもが機能しない。

 とうとう痺(しび)れを切らした串田さんが音響席に走って直接指示を出し、即興で録音された音を突っ込むと、突然現場に一陣の風が吹く。熱が生じた。主演3人の目も輝いた。追い詰められた3人の悪党の末路に相応しい、暗く汚れた裏道を歩き続けた3人の最期に相応しい、走馬灯とも混沌ともいえぬ場面の核なるものが見えかけた。私を含めた各パートのスタッフが深夜まで話し合う。串田さんの示した即興の危うさを、果たしてどうやって全公演で新鮮に保つことができるのか。ただ壊すだけでは作れない。壊す基盤がなければ筋を失う。この夜作り上げた大方針は、翌日見事に終幕の大立ち回りをつまらないものにした。けれどこれはある程度予測できたこと。ここから増減させてゆく。骨組みだけなのは、わかっている。

 勘三郎さんをほうふつ

 初日も目前に控えたこの時点でまだまだここからやるのかと、途方もない現場だなあとつい客観しかけたところで、勘九郎さんが串田さんと私を呼ぶ。このラストの大立ち回り、劇中夜鷹のおとせという重要な役を演じた中村鶴松くんは捕手の一員となって、白四天を着て参加しており、カーテンコールも着替える時間はないのでそのままの姿で出ている。その相手役、十三郎を演じる坂東新悟くんはこの立ち回りには参加していない。

 ゆえにカーテンコールはそれぞれちぐはぐの出で立ちとなるのだけれど、勘九郎さんはやっぱり2人とも大立ち回りには加わるべきなんだと言う。全くその通りだとその美意識に大いに同感したものの、衣裳は勿論、このただでさえ大変な大立ち回りにここから急にどう加えるのだろうと冷や汗をかく間もなく、新悟くんも「わかりました」とすぐに加わり、いてうさんもその場でどこの場面に入れるかを検証しつつ、稽古を進めた。衣裳部には元々少しは耳に入れておいたのかどうなのかはわからないが、その日のうちに用意されたように思う。座長ならではの目線を備えた勘九郎さんに、串田さんはうっすらと涙を浮かべながら、昔はああいうことを勘三郎さんが言ったんだよ、と私の肩を叩いた。

 公演重ねるごとに進化

 座長のこの決断はカンパニーをより屈強にしたのではないだろうか。現在どれだけ困難な状況であろうと華々しい初日のイメージができている座長の風格は士気を高める。七転八倒しながら作り上げた大詰めの大立ち回りは果たして賛否両論を受けながらも、その魂は燃え続け、公演を重ねるごとに進化した。進化は安定を招くため常に前進と相成ったかどうかはわからないが、危うい到達点を目指し続けたことは事実である。

 さてまだまだコクーン歌舞伎の話はあるのだけれど、どうしたものか。とりあえずはここらで一旦この話題の幕は閉じようか。(演出家 長塚圭史、写真も/SANKEI EXPRESS

 ■ながつか・けいし 1975年5月9日、東京生まれ。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。ロンドン留学を経て、新プロジェクト「葛河思潮社」を立ち上げた。9月に葛河思潮社の第4回公演『背信』(ハロルド・ピンター作、喜志哲雄翻訳、長塚圭史演出)を上演。出演は松雪泰子、田中哲司、長塚圭史。 

 【ガイド】

 ■下座 舞台下手側にある黒御簾(くろみす)の奥で演奏される歌舞伎の効果音

 ■附打 重要な場面でポーズを取る「見得」などに合わせて、木の板を拍子木で打ち効果音を出す担当者

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