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主張しないことで人の「力」を表現 彫刻展「保井智貴 佇む空気/silence」

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主張しないことで人の「力」を表現 彫刻展「保井智貴 佇む空気/silence」

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彫刻展「保井智貴_佇(たたず)む空気/silence」。「空から」2014年(提供写真)  【アートクルーズ】

 経済的な繁栄を目指して突き進む現代人たちを、立ち止まらせ、本当の豊かな時間や進むべき道について考えさせる-。そんな彫刻展「保井智貴 佇(たたず)む空気/silence」が、彫刻の森美術館で開かれている。あなたは、彫刻の醸し出す静謐(せいひつ)さに浸ることができるだろうか。

 今回の個展のためにつくった新作「空から」は高さ167センチ、等身大の若い女性像だ。長い黒髪と青く光沢のある格子柄の衣装、そして白い靴…。今回はモデルがいるが、像自体はどこにでもいそうな乙女の像。口をむすんで直立する姿は、生身の人間がじっと立っているように見えてくる。

 展示されている彫像は、どれも木や石を削ってつくったものではない。乾漆(かんしつ)という技法でつくられている。乾漆とは、阿修羅像で知られる興福寺の「八部衆立像」など7世紀末から8世紀にかけての天平文化で、仏像をつくるのに用いられた技術だ。粘土で作った像をもとに石膏で型を取り、その上に麻布と漆(うるし)を何度も塗り重ねて像にする。その工程は4カ月以上もかかるという。

 生きている漆と向き合う

 保井が乾漆に出合ったのは、大学院に進んだころ。それまでは固まりやすいプラスチック繊維(FRP)を使っていたが、もっと自然に近い材質はないかと考え、乾漆に思い当たった。

 しかし、漆は「言うことを聞かない」クセのある素材。「思い通りの色をつけるのが難しいうえに、空気に触れるとどんどん黒ずむ」。あえて漆を使う理由について保井は「人も生きているが、漆も生きていて変化する。そして、何カ月もかけて作品と向き合うことに、意味や大切さがある」と、創作にかける時間の質の濃密さ、重さを挙げた。

 だから、古い仏像が時代を経て、さらに威厳や味わいを増すように、自分の作品の自然な経年変化を素直に受け入れる。「自分が死んだあと、(色や形が)変化した作品を人がどう鑑賞するのかを想像してみることもある」

 いにしえの仏像の目には、「玉眼」として水晶がはめ込まれた。保井の女性像の目では、白目に大理石、黒目には黒曜石がはめ込んである。衣装の模様には、シロチョウガイを磨いた板を貼り付ける伝統技術「螺鈿(らでん)」が駆使されている。

 とはいっても、保井が目指すのは工芸職人でもなければ、装飾品の作家でもないところが興味深い。

 保井が生みだそうとするのは、静謐さという“空気”だ。「何もない部屋に人がいるだけで、空気感が変わる。人は、そういう力を持っている。人が佇んだときの空気感に興味があり、それを表現したい」。つまり、女性像は空気感をつくる“装置”とも言える。

 女性像のもう一つの特徴は、手をつくらないこと。手は存在するだけで、何かを表現してしまう。手をつくらず、直立させることで、「“何も主張しない”彫刻をつくる」。それを大学3年のときから約20年間続けてきた。

 それぞれの方向に進む

 こうした保井の“抗文明”“抗合理主義”ともいうべき哲学は、子供のころに培われた。宝石商だった父親の勤務地、ベルギーとイスラエルで10歳ごろまで暮らした。そこで見聞きしたのは、“主張する文化”“無駄を排除する文化”“何でも結論づける文化”“前に前に進む文化”だった。夏休みで父母の実家がある京都や香川に帰るたびに、こうした異国の文化に違和感を感じたという。

 そして今は「現代社会の、とくに東京のような都会では何でもスピード、スピード。みんな同じ方向に向かって急いでいる」ことにまた、違和感を持つ。「もう少しじっくり考え、それぞれの方向に進む生き方もあるんじゃないか」。提言を彫刻で表現したいと思う。

 展示は、1階、中2階、2階に分かれている。1階には子供や動物の像、中2回には新作「空から」1点だけ、2階には複数の女性像が展示されている。

 展示はインスタレーション(空間芸術)の要素が強い。とくに中2階では、新作のモデルとなった踊り手で作家の東山佳永さんと、音楽家の安永哲郎さんが、実像と虚像そして音を絡ませたパフォーマンス「うつりゆく」を会期中4回(9月23日、11月8日、来年1月17日、2月21日の午前10時~正午、午後1時~4時)繰り広げる。

 今回の展示について保井は「会場自体が独特な空間なので、自分の作品と組み合わされたときに、どんな空気感が生まれるのか感じ取ってほしい」と話した。

 ■やすい・ともたか 1974年、アントワープ(ベルギー)生まれ。2001年、東京芸大大学院彫刻専攻修了。2005年、第34回中原悌二郎賞優秀賞受賞。現在、東京造形大美術学科彫刻専攻領域准教授。作品は10~11年にかけ約1年、月刊「正論」の表紙を飾った。

 【ガイド】

 ■彫刻展「保井智貴 佇む空気/silence」 来年3月1日まで、彫刻の森美術館の本館ギャラリー(神奈川県足柄下郡箱根町二ノ平1121)。一般1600円。(電)0460・82・1161。

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