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世界体操 まさかの大逆転 口が塞がらない
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中国に逆転優勝を許し、大きな口がなかなかふさがらなかった日本のエース、内村航平=2014年10月7日、中国・広西チワン族自治区南寧市(共同) 開いた口が塞がらない、というのは、こういう状態をいうのだろう。実際、時間が止まったように表情は固まったまま、この口が塞がるまで相当の時間を要した。
中国の南寧で7日行われた体操世界選手権の男子団体。日本のエース、内村航平(25)が口を開けたまま見上げる視線の先には、会場の電光掲示板があった。
映し出されたのは、最終種目鉄棒の最終演技者、中国、張成竜の得点。「15.966」。まさかの高得点でトップを走っていた日本は大逆転を許し、ほぼ手中にしていた1978年、ストラスブール大会以来36年ぶりの団体優勝を逃した。合計得点の差はまるで計ったように、わずか0.1だった。
地元開催の世界体操。会場の拍手は中国の演技のみに贈られる。逃げる日本、追う中国。ほぼ絶望的な点差で鉄棒に向かう最終演技者に、スタンドの観客はあらん限りの「加油(がんばれ)」の声援を繰り返した。
張の演技は素晴らしかった。最高難度の技を立て続けに繰り出し、大きなミスはなかった。会場の大歓声が採点の後押しをする。
だが、選手たちは、どんな演技、どんな技にどんな得点が出るか体感している。まして内村クラスの王者となれば、その誤差は100分の1単位の精密なものだ。だからこそ、逆転はあり得ないと信じていた。電光板の数字が信じられなかった。
まさかの銀に内村は「言いたいことは山ほどあるけど」と言葉を濁し、それでも中国との差を問われると「場所の分」と答えた。ひねり王子、白井健三(18)も「負けた気は全くしない」と悔しそうだった。昨年の個人総合銀メダリスト、加藤凌平(21)は「これが採点競技の怖さなのか」とつぶやき、表彰台でもうつむいたままだった。
絶対エースのオールラウンダー、内村や加藤にスペシャリストの白井らを加え、日本チームは最強のはずだった。それでも負けた。ショックはあまりにも大きいはずだった。
≪全種目別トップ 内村が目指す高み≫
男子団体銀のショックなど、どこにあったのだろうと思わせる、内村航平の世界体操個人総合5連覇だった。
手先やつま先に至るまでのすべての関節に意識が行き届いた世界に類をみない美しい演技は従来通り。加えて昨年より技のD難度を上げてきた。
代名詞ともなっている「着地」を吸い込まれるようにピタピタと止める。
自国のエースらが早々にメダル圏外に去り、安心して内村の演技に見とれることができたのだろう。さすがの中国人観客もこの日は「世界の内村」の妙技にため息を漏らした。
終わってみれば全6種目で15点以上を並べ、合計91.965の高得点で2位以下に大差をつけての大会5連覇。五輪も含め個人総合の連勝記録は31に伸びた。
大偉業にもマイクを向けられれば、「うれしいけど、まだまだかな。それはいつもと変わらない」。絶対に満足しない世界最強のオールラウンダーが今後目指すのは、なんと「オールスペシャリスト」。全種目での種目別トップが最終目標なのだという。
常識外れの目標も、内村ならと思わせてしまう。所属するコナミの加藤裕之監督は「内村は人間じゃない」とまで表現する。そうでも思わなくては、日々努力を重ねる人間がかわいそうだからの発言なのだろう。世界の誰も内村の高みに届かず、その彼は常にさらなる高みを目指しているのだから。
2年後のリオデジャネイロ五輪を経て、2020年東京五輪は31歳で迎える。常識的には下り坂を転げているころだが、内村ならまだ上昇を続けているかもしれない。誰にも彼の将来は推し量れない。「人間ではない」のだから、それも仕方がない。
田中3兄弟の末っ子、佑典(ゆうすけ、24)も銅メダルを獲得した。平行棒、鉄棒では内村を上回る得点で、期待に応えた。いつまでも「和仁(かずひと)、理恵の弟」ではない。
頼りになる後輩をまた一人増やし、内村が牽引(けんいん)する体操ニッポンの未来は明るい。20年まで、このまま突っ走ってほしい。(EX編集部/撮影:共同/SANKEI EXPRESS)