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作品と作家の声 そしてダンスミュージック 「DOMMUNE UNIVERSITY OF THE ARTS」 椹木野衣

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作品と作家の声 そしてダンスミュージック 「DOMMUNE UNIVERSITY OF THE ARTS」 椹木野衣

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堀浩哉「起源-naked_place-1」(2011年)  【アートクルーズ】

 実に画期的な展覧会だ。いや、展覧会というのは正しい言い方ではない。これはもっとはるかに複雑きわまる試みなのだ。その仕掛けを解きほぐすことから始めてみたい。

 会場には20人からなる作家の作品が並んでいる。一見しては普通のグループ展に見えなくもない。しかし、来場者はすぐに作品の脇に、小型のモニターが添えられているのに気付くだろう。映し出されているのは、展示されたアーティストのインタビュー画像である。が、なぜだろう。映っているのもあれば、映っていないのもある。実はこれらの映像は、会場の奥にしつらえられた特設スタジオへと会期中に各アーティストを順次招き、その様子を公開のライブでインターネット中継し、終了すると、その翌日から順番に公開されていく仕組みなのだ。

 宇川直宏の試み

 つまり、展覧会のかたちをとっているけれども、これは静的な展示と動的な配信に加え、アーティスト自身の肉声を伝える記録作り(アーカイブ化)を同時進行させるという、いまだ例のない試みなのである。

 すべてのプログラムを主導するのは、これまたアーティストの宇川直宏だ。原型となるのは、宇川が2010年に渋谷に開局した「ドミューン」と称する極小のスタジオである。が、最小と言っても現在までの総視聴者はすでに4500万人を突破。加えて機材も最新の装備を備え、画像・音質とも、いま望みうる最高の水準だ。ここを拠点に、月曜から金曜までのウイークデーを使って連日、宇川はありとあらゆる分野にまたがるさまざまな文化プログラムを配信してきた。つまり、ここはインターネット中継局でもあり、ライブ会場でもあり、収録スタジオでもあり、DJがダンスミュージックを流す世界最小のクラブでもあるのだ。しかも、企画・撮影・配信・記録もすべてひとりでこなす超人ぶりである。今回の企画「ドミューン・ユニヴァーシティ・オブ・ジ・アーツ」(いわば、芸術大学ドミューン)は、その設備をスタジオごと、秋葉原にほど近い複合文化施設「3331アーツ千代田」のメーンフロアに引っ越し、広いギャラリーを活用して本格的な展示まで加えた、いわばその出張・拡張版なのである。

 ジョン・ケージに敬意

 もっとも違う点といえば、これまでは影の存在に徹してきた宇川が、ここでは自分自身による本格的な展示を披露していることだろう。もっとも、それとてドミューンと無縁ではない。宇川が開局以来配信してきた1000人のDJによる1000回分の記録を、映像と音と併せて1000のモニターで当時に流すのだ。ただし、1時間に1回ずつ4分33秒間のブレークが入り、すべての音は消え、光は明滅だけに切り替わる。これは、宇川が慕ってやまない20世紀を代表する現代音楽の作曲家、ジョン・ケージの代表作「4分33秒」にもとづく。4分33秒のあいだ、まったく演奏をしないことで大変な物議を醸した20世紀最大の問題作を、宇川はケージ自身を21世紀のDJに見立て、展示の中心に人形化して立たせることで、無音も含めすべてを許容するドミューンの原点として象徴化したのである。しかも、この無音の楽曲を展示に利用するため、宇川はわざわざJASRAC(日本音楽著作権協会)に申請を出して使用料を払ったという。まったくの無音というジョン・ケージのコンセプトを、きっちり音楽として認める試みでもあるのだ。

 新プロジェクトの一角

 しかし、話はこれだけでは終わらない。今まで書いてきただけでも情報量は莫大(ばくだい)なものにのぼる。にもかかわらず、本展で披露されているすべての試みさえ、来るべき開局10周年に当たる2020年(=東京オリンピックの年)に向けての、より壮大なプロジェクトの一角にすぎないのだ。

 今回取り上げた20人は、宇川が新たに立ち上げた新プロジェクト「100 ジャパニーズ・コンテンポラリー・アーティスト」(日本の現代美術家100人)を扱った、最初の20人分のこけら落としに当たる。今後は渋谷のスタジオに戻り、残り80人分のプログラム作りを着々とこなしていくはずだ。しかも、最終的にこれらの記録には英語字幕が付けられ、世界中のアートシーンで共有しうる仕様になるのだという。来るべき東京オリンピックという歴史的な祭典を機に発し得る、もしかするとこれは日本のアート界から世界に向けての、最大のメッセージになるかもしれない。

 その助成・協賛の一覧に、文部科学省が管轄する文化庁と消費者金融のプロミスの名が並ぶのも、いかにも全方位のアーティスト、宇川直宏らしいではないか。(多摩美術大学教授 椹木野衣(さわらぎ・のい)/SANKEI EXPRESS

 ■さわらぎ・のい 1962年、埼玉県秩父市生まれ。同志社大学を経て美術批評家。著書に「シミュレーショニズム」(ちくま学芸文庫)、「日本・現代・美術」(新潮社)、「反アート入門」(幻冬舎)ほか多数。現在、多摩美術大学教授。

 【ガイド】

 ■「DOMMUNE UNIVERSITY OF THE ARTS」 2014年11月3日まで、3331アーツ千代田(東京都千代田区外神田6の11の14)。入場料展示のみ800円、展示と番組観覧を合わせ1800円。(電)03・6803・2441。

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