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【花緑の「世界はまるで落語」】(31) 究極の感謝はご先祖の供養

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【花緑の「世界はまるで落語」】(31) 究極の感謝はご先祖の供養

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三代目柳家小さん師匠のお墓参りで東京・雑司ヶ谷の法明寺へ=東京都豊島区(柳家花緑さん提供)  今朝は、感謝すべきことについて考えてみたいと思います。

 突然ですが「究極の感謝」とはいったい何でしょうか? 親に対する感謝。日々、生きていることへの感謝。いろいろ考えられます。私が考える「究極の感謝」は先祖供養だと思います。

 自分のルーツであり、DNAのつながりであるご先祖さま。当たり前の話ですが先祖がいなければ自分も今ここにはいません。今がつらかろうが楽しかろうがその体験全てが先祖からのバトンを受け取ったからです。この事実が当たり前過ぎて、つい“感謝”という発想を忘れます。ですが、暮らしの中でもいただき物をしたとき、ありがとうございます、といただいた相手に向かってお礼を言うのは当たり前なことです。われわれも生を受けたのですから、その事実に対してお礼をきちんとご先祖さまに言うべきだなと思うんです。でも、お礼を言いに黄泉(よみ)の国へ行くわけには参りませんので、やはりここはお墓参りへ出掛けましょうという話になります。

 師匠の師匠の師匠も

 これ、人によっては、いま自分の住んでいる場所からお墓が遠いという人もたくさんおりますよね。でもそこは「究極の感謝」ですからちょっと気合を入れてほしいのです! 私は、おかげさまでご先祖さまのお墓は電車で行けば30分くらいの場所にありますから、恵まれた環境だと思います。

 祖父・五代目柳家小さんの墓は世田谷区の乗泉寺別院にあります。そうして日々、気が付いたときにお墓参りをしておりましたが、自分の生業である落語の先祖、つまり柳家のご先祖さま、師匠の師匠! 四代目柳家小さん師匠のお墓参りに一度も行ったことがないことに気が付き、今年初めてお参りしました。台東区の本寿寺にお墓があります。ご住職ともいろいろお話をさせていただき、柳家一門は以前から皆さんよーく来られますよ、特に立川談志師匠は度々お越しくださいましたと。ああ~なぜ僕はもっと早くにここへ来なかったんだろうと深く反省を致しました。

 そうなると四代目の師匠、三代目柳家小さん師匠のお墓も気になります。調べたら豊島区雑司が谷の法明寺です。行きました。しかもここは実家の目白の家から歩いて20分くらいの場所でした。もう自分に失望です。

 故人に会える場所

 三代目は文豪・夏目漱石さんと正岡子規さんが2人で寄席通いをしてひいきにしていた落語家だと聞いております。立派なお墓でした。

 まずホウキとチリトリを持って掃除を一通りし、お水は決して墓石の上からは掛けません。お墓は人の形を模して造られています。つまり一番上は頭です。頭に冷水をかぶせるのは無礼ですのでぬれたきれいなふきんで拭きます。そしてロウソクに火を付け、その灯火にご先祖さまが来られます、用意したお供え物を食べられる状態にして供え、拝んだらその場で一緒に食べます。このお参りの仕方は、私の親友に陰陽師(おんみょうじ)がおりますので、彼から教えてもらいました。

 でもお墓と聞くと秋川雅史さんの歌う「千の風になって」を思い出します。この歌は「お墓にはいません!」と言っているんです。自分が死んだときのことを考えると、死んでからずーっとお墓にいなければいけないのは苦痛です。地味で暗いお墓に何が楽しくてずっと眠っていなければいけないのか! じゃ墓参りに意味がないのかというと、そうではなくて、お墓は彼の世とこの世をつなぐ橋、入り口です。故人と対面する場所だと思います。

 ですからちゃんとしたお墓参りの仕方が求められる。墓石(はかいし)に故人の遺志が正に降りてくるのです。その行為を信じることこそが究極の感謝だと思うのです。困ったとき、迷ったとき、自分の原点に立ち返る。お墓参りにはそんな意味もあるかと思います。(落語家 柳家花緑/SANKEI EXPRESS

 ■やなぎや・かろく 1971年、東京都出身。87年、中学卒業後、祖父、五代目柳家小さんへ入門する。前座名は九太郎。89年に二つ目昇進、小緑と改名。94年、戦後最年少の22歳で真打ち昇進、柳家花緑と改名する。古典落語はもとより、劇作家などによる新作落語や話題のニュースを洋服と椅子という現代スタイルで口演する「同時代落語」にも取り組む。ナビゲーターや俳優としても幅広く活躍する。

 【ガイド】

 ■『花緑ごのみ』Vol.31 2014年11月28日(金)午後7時開演。11月29日(土)午後1時開演。<会場>イイノホール。

問い合わせ (電)0570・00・3337

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