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【木村英輝さん 生命を描く】(4-4) 1100年の歴史に輪廻の青
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キーヤン作品ではしばしば使われ、象徴カラーともされる「ウルトラマリン」(ブルー)で彩られた蓮の花。60面の襖絵はほぼ1人で約1カ月で仕上げた=2014年10月8日、京都市東山区の青蓮院(田中幸美撮影) ≪京都「青蓮院」 襖絵60面≫
キーヤンの初期の代表作で、壁画絵師であることを決定付けた作品が、京都市東山区にある古刹(こさつ)「青蓮院(しょうれんいん)」の60面にわたる襖絵(ふすまえ)だ。皇族や摂家が住持を務める門跡寺院として名高い青蓮院は、1100年の歴史を誇る。
こうした寺院には岩絵の具と膠(にかわ)、漆(うるし)などの伝統的な画材を使った日本画が描かれることが多い。だが、キーヤンは現代的なアクリル絵の具を使用する。アクリル絵の具は水性で、乾くのに1、2日もかかる伝統的な画材とは異なり、あっという間に乾くので、一気に描き上げることができる。それだけではない。鮮やかな色彩を放ち、曲線も力強く表現できるため、“勢いと切れ味”が持ち味のキーヤンの画風にぴったりなのだ。
しかし、歴史あるお寺にはたしてアクリル絵の具で描いていいものか。迷った。そこで、青蓮院の東伏見慈晃門主(もんす)に正直に打ち明けた。
「僕はアクリル絵の具でしか描けません。自分が一番気に入っている俵屋宗達や伊藤若冲が今の時代に生きていたら、僕と同じようにアクリル絵の具を使ったと思います」。それを聞いていた門主は、下を向いたままほほ笑んだ。「それが返事やな」。制作に取りかかった。
まず、襖と同じ大きさの絵を5面描いてみせた。紙から蓮がはみ出すほどの大きさで、「あわよくば天井まで描いてやろ」という魂胆だった。すると、日本の寺は座る機会が多いのでこれでは目線が不自然過ぎるとダメ出しされ、さらに青蓮院には小堀遠州(こぼりえんしゅう)と相阿弥(そうあみ)という偉大な作庭家と絵師による庭があり、それらと融和するように、との注文が付けられた。結局、襖の下部三分の一くらいまでを描く方針に落ち着いた。
さらにキーヤンの頭の中には壮大なストーリーがあった。最初は枯れてしなびた蓮に小さな生き物が戯れる「生命の讃歌(さんか)」の部屋、次は花が咲いている「極楽浄土」の部屋にしようと。ところが、阿弥陀経の世界では枯れることなく、花が咲いて命は輪廻(りんね)すると説かれ、枯れた蓮は描くことができなくなった。
構想から完成まで約1カ月。こうして2005年1月に完成した襖絵は、相阿弥の庭を見渡す部屋にブルーグレーの落ち着いた蓮が、真ん中の部屋にはワインレッドの蓮、そして奧の部屋には「ウルトラマリン」と呼ばれるキーヤン作品を象徴する青を使った蓮が描かれた。
襖絵のお披露目の集いには、ロックのプロデューサーをしていたころから45年来の付き合いのある内田裕也さん(75)、樹木希林(きき・きりん)さん(71)夫妻を招待した。キーヤンが絵を描くことを知らなかった2人は喜んだ。
後日、希林さんから電話で「その枯れた蓮をうちに描きませんか」と誘われた。家を建て直したときに4枚の板戸を作ったが、描き手が見つからなかった。枯れた蓮だけでなく4輪の青い蓮の花と1つのつぼみも描き加えた希林さんの家の襖絵は、「蘇る蓮」と名付けた。海外留学で英語が堪能だった希林さんの長女、也哉子(ややこ)さん(38)が「Lotus(ロータス) Revives(リバイブス)」というしゃれた名前に訳した。希林さんは「板戸が腐って朽ちても絵の具は残るらしい。なんか木村英輝のようだ」とコメントを寄せた。枯れた蓮は蘇り、輪廻を体現した。
また、こんなエピソードもある。名古屋市西区で建築デザイン事務所を営む林祐介さん(37)が数年前、古民家を改造して居酒屋にする仕事を依頼された際、思い浮かべたのが青蓮院の襖絵だった。築数十年の古民家にはたくさんの襖があり、以前、青蓮院で見た「素晴らしいバランス感覚と色使い」の蓮の襖絵に「これだ」とひらめいた。
撮影した写真を元に、看板などを描く業者に依頼して襖絵を制作。そのときは「歴史あるお寺なので描いたのは故人だと思った。ちょうど風神雷神図屏風のように。まさか実在しているとは思いも寄らなかった」という。
その後、たまたま名古屋のテレビで居酒屋が紹介されたのをきっかけに、無断借用だった事実が発覚。「僕の無知で大変申し訳ないことをしてしまった」と襖絵の消去を申し出た。しかし、キーヤンの反応は意外だった。「そこまで気に入ってくれて非常にうれしい」。それを聞いた林さんはまた驚いた。「訴訟も覚悟していましたから」と振り返る。
そしてこれが縁となって2012年2月、グアムに出店する日本料理店の設計を任された林さんとキーヤンのコラボレーションが実現した。店内の壁面には直径2メートルの踊る牡丹が描かれた。
100年ごとに突然変異のように名絵師が現れる「琳派(りんぱ)」。誕生から400年の今年、現代の琳派の異名を取る絵師、木村英輝さんの作品と生きざまを随時紙面で紹介します。(田中幸美(さちみ)、写真も/SANKEI EXPRESS)